ペナルティ6
「何のためにそんな嘘をついたのかまでは訊かないでおいてやろう。ご両親を失ったお前には、後ろ盾が必要だろうからな。そういう奴らから、俺たちを蹴落とすようにと言われることだってあるだろう。それにお前が乗り気なら、こんなことは言わない。でも、そうじゃないなら、早めに手を引け。俺はお前は嫌いじゃない。切り捨てられて地獄を見るような目に遭って欲しくはないんだ」
「っ……」
何かを堪えるような音が、吸音作用のある壁や床に吸い込まれ、不自然に消えて行く。それはまるで、この学園で軽視される、非権力者達の行く末のようだ。
戸田夫妻は、最上家とは敵対関係にある。彼らに可愛がられている田岡が、光彰に近づくことで有益な情報を得ようとすることは、十分に考えられるだろう。
昨夜の夜間外出に際して、光彰は警備に話を通していた。その事を誰にも話さないように伝えていて、秘密を守る代償として、彼らの家族を守る約束をしていた。最上が動けば、それくらい容易だ。警備の者もそう思っていたから、彼らに誓約書を出している。
それにも関わらず、情報は漏れた。報告者は戸田だと、恵那ははっきり言っている。余計な事をするなという威嚇のために反省指導へと彼らを誘導し、そこで手先である田岡に情報を探らせる。生徒をも巻き込んでライバルを蹴落とし、甘い汁を吸い続けようとする。汚い人間の見本のようなやり方だ。
「自分たちの派閥で権力を掌握するためなら、それ以外の人間は簡単に切り捨てて行く。それがあの夫婦と恵那だ。お前はそれでも、戸田の味方をするのか? 恵那の犬になるのか?」
田岡は黙って視線を彷徨わせていた。光彰のその問いには、彼は答えない。
彼が戸田夫妻に反抗しようものなら、特待生としての生活の保障も無くしてしまうだろう。そうなれば、ここに通い続ける事は出来なくなる。今の選択肢は、仕方がなく選んでいるものだろう、光彰はそう思っていた。
「なあ、田岡。お前さえ良ければ、最上の支援を受けてみないか。そうすれば、あんな汚い奴らとは縁を切って生きていけるぞ」
しかし、それは思い違いだったようだ。田岡は光彰を制するようにして手を伸ばし、その言葉を言わせなかった。そして、苦しそうに言葉を絞り出していく。
「ありがとう、最上。——でも、俺には出来ない」
スラリとした長身と、制服すら何かの衣装のように着こなしてしまう凛と美しい雰囲気を持つ田岡が、背中を丸めて苦しそうに嗚咽を漏らす。それは、普段の軽薄な印象からは想像もつかないような、哀しく孤独な印象を与える姿だった。
「どうしても、出来ないんだよ」
「——そうか。お前がそう言うなら、俺はそれでいい」
光彰がそう告げると、田岡はゆっくりと頷いた。そしてふっと何かの糸が切れたかのような笑みを見せる。そうして、そのまま口元で何かをぽそりと呟いた。
「え? なんだ、それ」
その言葉と田岡が結び付かず、不思議に思った黎が彼に訊ねた。田岡は自分がその言葉を口にしたことに気がつくと、スッと顔色を失っていく。どうやら失言だったようだ。
「——田岡?」
心配そうに彼の顔を覗き込もうとした黎を突き飛ばし、田岡は音楽室を出ていった。
「おいっ、田岡っ!」
「黎、放っておけ」
「でも……」
「あいつの抱えているものは、俺たちには分かってやれないだろう。軽率な言葉はかけない方がいい」
そう言いながら、廊下を走る田岡の足音を、二人はただ聞いていることしかできなかった。
「——なあ、光彰。さっきのってどういう意味だ? 牡丹の朝露って聞こえたけど……」
光彰は、田岡が出ていったドアをじっと見つめていた。そして、その口の中で「牡丹の朝露か……」と何度も繰り返し、田岡とその言葉を繋ぐものはなんなのかと頭を悩ませた。




