表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キングの怒り(再掲)  作者: 皆中明
隠されているもの
66/112

ペナルティ1

 ニヤリと笑おうとした顔を手のひらに収めながら、どうにか教育者らしき態度を取り繕って、恵那はそう述べた。


 彼はこれまで、どれほど光彰を痛い目を合わせてやろうと思っても、それを実現することが出来ずにいた。それをすることで、自分が痛手を被ることが分かっていたからだ。


 これまでずっと耐えに耐えていた。そうして、明らかな勝利を手にする機会を窺っていた。それが、今回は光彰が自ら問題を起こしてくれたので、恵那としては、好機を得たと浮かれているのだろう。


 正当な理由をつけて、堂々と彼らに罰を与えることが出来る。それが嬉しくて仕方がないのだろう。無意識に働こうとする笑筋を必死で宥めている。そんな彼のあさましい姿を見て、光彰と黎は心の底から彼を軽蔑した。


「分かりました。二人で才見先生のところへ伺います」


 感情のコントロールを失い、醜く歪んだ恵那の顔を見てうんざりしながら、何の抵抗も示さずにその処分を受け入れた光彰は、そんな彼の対応に驚き、何も言えなくなっている黎の分もまとめてそう返事をする。恵那にどう思われようが、光彰にとってそれは瑣末なことだ。今はそれよりも、少しでも早くこのくだらない人間のいる部屋を出て、澄んだ空気を肺に入れたい、その方が遥かに重要だと考えていた。


「では、失礼します」


 光彰はそう告げると、恵那が口を開く前に話を切り上げて、すぐにその場を去ろうとした。すると、恵那は漏れ出る笑いを堪えながら、背中を向けた光彰へ、さらに悍ましい言葉を投げつける。


「最上くん。君、気に入らない生徒を時計塔に呼び出して、塔から落として殺しているそうだね。それが本当なら、流石に世間に公表せざるを得ないんだ。それについては、どう答えますか? 昨夜時計塔に行っていたのは、その為なのかい? 噂の人物は、君たちで間違い無いのかね?」


「——はあ?」


 その校長の言葉を聞いて、黎は呆気に取られてしまった。生徒が生徒を殺しているかもしれないという話をするにしては、その口調はあまりにも緊張感が無い。まるで世間話でもしているような気軽さすら感じられた。二人は、その恵那の異常な様子に、揃って背筋が冷える思いをした。


「あの、校長先生、本気ですか? 本気で、あの噂を信じているんですか?」


 黎は恵那のただならぬ雰囲気に恐ろしくなったのか、体を震わせながら彼を睨みつける。その問いかけをする意味はなんなのか、彼の真意があまりに読めず、うっすらと吐き気を覚えていた。


「まあ、それはねえ? そう思われても仕方のない事を、君たちがこれまでして来たんじゃないですか?」


 もはや押さえた口元からは、気味の悪い笑い声さえ漏れ出始めている。


 恵那がいつからこんな風になったのかを、知るものはいない。ここに勤め始めた頃は、市岡のように生徒思いの優しい先生だと言われていたそうだ。それが、どうしてここまで歪んでしまったのか、それを知るものはいない。


 この学園の最高権力者であるためには、これほど非道な人間でならねばならないのだろうか。そして、それはそこまでしてなりたいものなのだろうか。光彰と黎は、常々それを疑問視している。


「——ご冗談ですよね? 教育者で学園運営のトップにあたる校長という立場にある方が、そんなオカルトめいた噂を信じていらっしゃるとは……」


 光彰は目をギラリと光らせた。


 彼は、生徒が暇つぶしに噂している分には、それは問題ないと捉えている。だから、そんなものはいくらでも聞き流せるのだ。しかし、恵那のように責任ある立場にいる者であれば、それを口にすることがどういう意味を成すかは、判断出来なければならないだろう。


 この男がどういうつもりでこんな話をしているのか、それを見極めなければならない。


「どうなんですか、恵那校長」


 問い質す彼の輪郭を辿るように、ゆらりと光が舞う。激しい怒りが現れた光彰のその目と口調に、恵那は怯んだ。そして、媚びるように歪んだ笑みを、またその顔に貼り付けながら、いつもに調子に戻り、その言葉を取り消そうとした。


「あ、ああ、違いますよ。私はただ、確認をしようとしているだけで……」


 しかし、そこにはまだ隠しきれない嘲笑が浮かんでいる。楽しそうに歪んだ顔を見ながら、光彰も黎も怒りに震えた。


「当事者の話を聞かずに、僕たちを悪者だと決めつけていますね。それは教育者としてやってはいけないことではないのですか?」


 光彰は拳を握りしめながら、感情が爆発しきってしまわないようにと、声を必死に抑え込んだ。


 自分が殺人に関わっていると思われたことにも、千夜がそれに関わっていると思われていることにも、ひどく腹が立っていた。これまで経験したことの無いほどの怒りが、彼の腹の中に巻き起こる。目眩を起こしているのか、光彰の体がゆらりと揺れた。


「学校という場での最高責任者であるあなたが、そんなことを口にするなんて悍ましいとは思わないのですか。確かにそういう噂はありますが、最初から僕を疑ってかかっているような尋ね方はいかがなものかと思います。寮を抜け出した罰は、才見先生のところできちんと受けます。ですが、このまま殺人犯扱いをされては黙っていられません。もし犯罪者だと思うのであれば、公表なんていう生ぬるいものではなくて、私を警察に突き出すべきでしょう。それをせずに面白がっているなんて、信じられません。吐き気がしますよ。学校がそういう対応を取るのでしたら、転落事故については私と黎で独自に調べさせていただきます。犯人を見つければ、その汚名は返上出来るんですよね?」


 光彰はそう言うと、黎の手を取った。


「最上くん、なんてことを言うんですか! 犯人なんていませんよ! 彼は事故死……」


 その言葉に、光彰は我慢の限界を超えてしまう。


 本当にそう思っているのであれば、先ほどの質問は何だったのかと呆れてしまう。殺人犯の疑いを人にかけておきながら、温田見は事故死だという。会話の全てに一貫性がなく、目の前の事象に振り回されすぎている恵那を、光彰は心底軽蔑した。そして、その思いを臆することなく、真っ直ぐに吐き出してしまう。


「黙れ、この無能が! お前のような奴には、どう足掻いても真実は見えて来ない。この件に関しては一切口を挟むな! 俺が犯人を見つけてやる!」


 言い終わると同時に、校長室の扉を叩きつけるようにして閉めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ