黎の秘密3
普段は昼間に彼女が表に出ることはない。ただ、今日は千夜が春の日中を堪能したいと言うのでそうさせていた。しばらく二人で景色を堪能していたのだが、あまりの心地よい風に、気づけば二人とも眠り込んでいたらしい。霊体に眠気があるとは思っていなかった光彰は、まさか千夜がそのままの姿で眠りこむとは、思ってもみなかったのだ。
光彰がしっかり抱きしめていたため、銀髪の束は見えていないだろう。しかし、長さの変化はどうしても誤魔化しようがない。八木は目ざとい。もしバレていたらなんと言うべきだろうか、光彰は頭の中で計算を始めた。
「八木、お前何か変なもの見てないか?」
「変なもの? 変なものって? その、君が柳野くんを抱きしめてるところなら見たよ。すっごく愛おしそうにしてて、見ていいのか悪いのか……。僕が焦ったよ」
すると、それを聞いた光彰は、ほっと安堵のため息をつく。そして、さらりと「いや、それはいくら見てもらっても構わないんだが」と笑った。そうして、抱きしめたままの黎の髪を、手でゆっくりと梳いていく。サラサラと風を纏いながら落ちていくその髪の下には、穏やかな寝息を立てて眠る黎の艶のある寝顔があった。
「あのさあ、最上君。この際だから聞いてみるけど、きみは柳野くんに恋愛感情を持っているのかい?」
「ああ、そうだ。それがどうかしたのか? そんな事は、もうみんな知ってるだろう?」
驚くほどあっさりと光彰はそう返した。その衒いの無い様子に、八木は思わず吹き出してしまう。彼にとっては、同性の幼馴染へ恋心を抱いているという事を他人に知られる事など瑣末な事なのだろう。八木にもそれが十分過ぎるほどに伝わったようだ。
「あはは。いやまあ、そうなんだけどね。そう噂されてるしね……。でも、柳野くんはさあ……。いや、まあいいや。それより、また伝言を預かってるよ。今度は一人で校長室へ来て欲しいらしい。それも、なんだかあまりいい話じゃ無いようだったよ。きみ、何かしたの?」
「校長室に? ああ、分かった。やっぱりあの時誰かいたんだな。いや、何かしたというよりは、恵那は俺の存在そのものが気に入らないんだろう。ペナルティを与える口実をずっと探してたんじゃ無いか。やっと見つけたから、罰してやりたくて堪らないんだろう」
光彰はそう呟くと、八木へ笑いかけた。そして、黎の肩を優しく叩いて揺り起こす。
「黎、そろそろ起きろ」
そう声をかけながら、校長室をチラリと覗いた。直接人に見られることは避けられるような場所を選んだが、唯一彼らを見つけられる場所がある。それが、校長室だった。敢えてそこを選んでいた光彰の視線の先には、思った通りに窓辺に立ってこちらを伺っている校長の姿があった。
校長の恵那は、何かと彼らを監視している。少しでも父の辰之助を追い落とせる材料を探しているようで、光彰は高等部へ入学したその日から、毎日のように彼のじっとりとした視線を感じていた。
しかし、彼はその程度の嫌がらせに屈するタイプではない。どれほど監視されようと、何かにつけ嫌がらせをされようと、大して気にも留めていなかった。
「黎、起きろ。起きないとキスするぞ」
光彰のその言葉に、黎は突然パッと目を開いた。そして、彼なら到底しないような勝ち気な様子を瞳に浮かべ、にやりと笑う。
「おい、今は出てくるな。そばに生徒が……」
制止しようとする光彰の手を振り解き、黎は立ち上がった。そして、八木へにこやかに笑いかけながら手を振る。
「え?」
八木は突然振り撒かれた黎の愛想に驚き、見慣れない様子に戸惑っていた。
「柳野くん……?」
呆気に取られている八木に、あろうことか黎の体を乗っ取った千夜は、にっこりと笑顔を返した。その笑い方は、明らかに黎のものではない。
焦る光彰を尻目に、黎は突然立ち上がると、桜が舞う校庭から真っ青に晴れ渡った空を見上げた。
「わあ、キレイ!」
光彰は、千夜が黎の体を使うことができる時間を、彼が眠っている間だと指定している。そのため、それは夜中になることが多い。
そのため、彼女がこんな風に青空の下を堪能出来る日は珍しい。千夜は、その喜びを噛み締めるかのようにして、深く息を吸い込んだ。そして、春の香りを体中に巡らせていく。
「あー、日中の開放感ってすごい! 折角だし、ちょっと走りたいなあ。ほら、ちょうど戻る時間だし、走ろう。ね、八木くんも! よーい……」
そう言って笑うと、あまりにもいつもと違う様子の黎に目を剥く八木と、呆れた様子で目を伏せる光彰を残して、千夜は両手を広げたまま、校庭を風のように駆け抜けて行った。
◆
「最上くん、君は寮長であるにも関わらず、夜中に寮を抜け出していたそうだね。戸田先生からそう報告があったんだ。君と柳野くんが、門限を過ぎた後に二人で時計塔の方へと向かったと。それについて、何か弁解することはありますか?」
放課後の校長室で、光彰は校長から詰られていた。隣には黎もいる。放課後になってからまた伝書鳩がやって来て、二人で来るようにと伝言が修正されたのだ。理事長の息子である光彰を、学校の管理職以上の人間が詰るなど、これまでであればあり得ないことだった。
しかし、校長の恵那は今、光彰へのあからさまな嫌悪を示しながら説教をしている。その通り一遍の説教を聞きながら、光彰はずっと黙り込んでいた。もちろん、彼が恵那の言うことに臆しているわけでは無い。黎も一緒にいるため、今ここでは下手な動きはしない方がいいと判断したのだ。そして、神妙な面持ちをすることで、恵那に対する出方を伺っている。
恵那はくどくどと同じような指摘を繰り返すばかりだ。少しでも光彰を怯ませようと必死だが、彼はどのような処分を受けようともそれを恐ろしいとは思わないため、全く恐れの感情を抱かない。ただ黙って恵那の言い分を聴きながら、その狙いを探ろうとしていた。
「無いんだね? では、君たち二人が規則違反を認めるものと判断します。さすがに即停学にするのは重すぎると思いますから、反省指導をすることにしましょうか。これから毎日、放課後に才見先生のところへ行って、雑務の手伝いをしてください。柳野くんも一緒です。いいですね? 何をするかは、その時々で才見先生が決めてくれます。彼は新任だから、雑務は腐るほどありますのでね。しっかりお手伝いしてあげてください。いいですか?」




