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キングの怒り(再掲)  作者: 皆中明
隠されているもの
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黎の秘密1

「黎!」


 千夜が心配そうに黎へ声をかける。幼い頃から体の弱かった彼は、時折こうやって倒れることがあった。これは、彼ら柳野家に共通した体質のせいでもある。千夜も生前はこういう事が頻繁に起きていた。柳野に共通の体質とは、霊媒体質のことである。


 柳野の霊媒体質は、最上家のためにある。そのため、光彰は柳野の血筋に共通するこの体質に詳しい。少しも慌てる様子を見せず、慣れた手つきで彼をゆっくりと抱き上げると、青白くなった黎の頬を、手の甲で優しく撫でた。


「残念ながらタイムアップだな。千夜、悪いが黎の中に戻ってもらえるか? 今夜は黎の体を狙ってる()()が多い。俺が一緒にいるのは奴らにも見えているはずだが、それでもこちらへ寄って来てるものが数体いる。今入り込まれると面倒だ。ここでは祓う事が出来ないからな。お前が先に入って、黎を守ってやってくれ」


 淡々とそう話している彼の腕の中では、黎がまるで命を落としたかのように、だらりとその腕を垂らしている。千夜は状態の悪い弟の姿を見て憂いていた。血の気の失せた顔色に、彼の危機の深刻さが窺える。


「——光彰、黎はいつもこんなになってしまうの? もしかして、私がいない時は、いつもこんな風になってしまっているのかしら」


 冷たい千夜の手がその頬に触れても、黎は身じろぎ一つしない。むしろ、彼女と黎との間にある隔たり——人間と霊という物理的な違い——が薄くなってしまったような気がして、千夜は焦っている。


「まあ、そうだな。お前がいなくなって、そのタイミングで黎が意識の内に深く潜り込んでしまうと、どうしてもこうなってしまう」


「そうなの……。こんなに酷いのね」


 千夜は黎の頭を撫でながらポツリと「ごめんね」と呟いた。弟だけに柳野の役割を全て背負わせてしまった事に対する申し訳なさがあるのだろう。元々は千夜が柳野家の長子として生まれている。つまり、最上家総領の相棒となる依代として働く柳野家の後嗣は、元々は千晃の役割だった。


 しかし、千晃が女性になることを選んだため、柳野家は千晃を勘当した。当時の総領であった柳野の祖父が、性別不合に理解が無かったのだ。そのため、弟である黎にその役割が引き継がれた。本来なら千晃が受けるはずだったこの苦痛を、黎が身代わりになって受けている。彼女としては、自分が自由に慣れたことと引き換えに弟へその苦痛を渡してしまったことが、ずっと気がかりでならないのだ。


「仕方ない、それが依代の宿命だ。人と霊を繋ぐ『容れ物』として生まれてきていることは、柳野に生まれた以上は受け入れるしかないことだ。——受け入れ難くはあるだろうけれどな。自分の身に起こり得る問題は全て想定して生きていかなくてはならない。この世に未練がある霊は、皆黎の体を狙っている。その危機を感じているから、顔色が悪くなるんだ。これは、こいつの能力の高さの表れとも言えるだろう。普段お前がいない時は基本的にいつも就寝中で、常に俺が隣にいるから問題はない。そのために寮長室に黎を住まわせるようにしてもらってるんだからな。しかし、屋外でお前を切り離したのはこれが初めてだ。慣れていないこともあって、一層顔色が悪くなっているんだろう。そろそろ戻さないと危険だ。悪いが、今日は自由な時間を与えてやるわけにはいかない」


 千夜は毎夜、自分が亡くなった理由とその原因を探すために学園内を調査している。その間、黎の体の守りは手薄になるのだが、それを光彰がそばにいることでカバーしているのだ。彼らがカップルのように常にそばにいるのにはそういう理由があり、学園側もその事情を分かって受け入れている。その無理を通すために、辰之助は理事長を務めているのだ。


「そう、わかったわ。私が知りたいことは、急いだって仕方がないことばかりだし、今夜は大人しく戻るわね。だから、あんたは黎をしっかり守ってちょうだい。そしてちゃんと話すのよ。柳野の後嗣は最上の後嗣のパートナーとして生きていく必要があるっていう事、そして、今は私が黎の体を半分使わせてもらってるってこともね。もういい加減に話してしまわないと、後々恨まれるわよ」


 千夜はそう言って自分の耳朶あたりを指差し、何度かトントンと叩いた。そこには、黎と千夜を繋ぐ秘密の痕が隠されている。


「——わかっている」


 渋々そう答える光彰に、千夜は呆れたような目で彼を見た。光彰の表情が、まるで不安に怯える小動物のように弱々しいものに変わっていたからだ。


「ねえ、光彰。あんた、何をそんなに怖がってるのよ。はっきり言えばいいじゃない、黎と私はこの三年間ずっと一緒だったって。なんで言わないのよ。黎にそれを知られると何か困る理由でもあるの?」


 千夜は常々そのことを疑問に思っていた。光彰は黎を大切にしている割に、柳野の家の仕事についても、千夜が彼の体に入っているということについても、絶対に話そうとしないのだ。その理由が、彼女にはどうしても分からない。光彰は、その理由だけは絶対に誰にも明かそうとしない。


 千夜が亡くなって、三年が経つ。——そう思われている。しかし、実は彼女はまだ()()()いる。そのことは、最上の人間の中でも限られた者しか知らない。超極秘事項扱いとされて来た。


 その体は、最上家がある場所で保管している。なぜか体に戻ろうとしなかった彼女の魂を、この世に繋ぎ止めるために黎の体に住まわせているのだ。


 彼女が言っていたように、ここに止まっているということは、何か心残りがあるということだ。そのまま完全な死を迎えてしまうと、数年経てば悪霊化してしまう可能性が高い。


 それを防ぐために、光彰は千夜の魂を黎の体に止まらせることで、どうにか植物状態を保たせている。そのことは、千夜本人と光彰、そして光彰の父である辰之助だけしか知らない。


「何度も言うけど、体が勝手に使われてたことを後から知ると、黎は傷つくと思うわよ。それが例え私であってもね」


 眉根を寄せて苦しそうにしている光彰に、千夜は諭すようにそう言った。しかし、これも初めてではない。何度そう言っても、彼はこの話題だけははぐらかそうとするのだ。


「そうだな。それは俺にも分かっている。でも……」


 どうやら彼自身もどうすることが最善なのかが分かっていないらしい。困惑する光彰の反応を見て、千夜は思わず吹き出してしまった。


「まったく。しっかりしてるんだか、してないんだか。よく分からないわね、あんたは」


 それを、いつの間にか戻って来た『時計塔の千夜』がぼんやりと眺めている。ゆらり、と彼女の姿が尖塔の先に揺れていた。

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