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キングの怒り(再掲)  作者: 皆中明
清水田学園のキング
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光彰と千夜、千晃と黎5

「そんなこと……」


 千夜の言葉に、黎は居た堪れない気持ちになっていた。


 彼が千夜のことを何度も忘れてしまったため、そう捉えられてしまっていたのだとしたら、それは仕方のない話かもしれない。そして、その事が、彼の知らぬうちに彼女を深く傷つけていたのかも知れない、そう思ったからだ。


 しかし、黎は千晃に対してそんな風に思ったことなど、これまで一度も無かった。


 いつも彼に優しくしてくれていた兄が、本当は女性として生まれたがっていたこと、そして、それが原因で柳野の家を勘当されてしまったこと、更に、それを光彰の口から聞かされたこと。


 直接知らされることなくいなくなってしまった兄を心配し、またその事による寂しさに耐えられず、一晩中泣き明かした事もあったくらいだ。


「俺は兄さんが大好きだよ」


 この気持ちが、彼にとっての全てだろう。


 黎があの日千夜の葬儀で泣き喚いたのは、兄が女性になろうとしていたことを嫌がっていたからでは無い。彼女を守ることが出来なかったという、自分の無力さに打ちのめされた事が原因だった。そんな思いで泣いていたくらいだ、千夜の姿になった兄に会うことを、心から望む事はあったとしても、嫌がったりするわけは無い。それをしっかり伝えようと、黎は真っ直ぐに千夜を見た。


「忘れてたことは……、ごめん。何で忘れてたのかはわかんねえけど、俺は兄さんのことが大好きだったし、今でも好きだ。そのスカートを揺らす仕草を見て、昔のことを思い出したよ」


「昔のこと?」


「うん。兄さんが家を出て並木のお祖父様の家に行った日の事も、そこでお祖父様から支援を受けて千夜になったことも、光彰を通して俺に知らせてくれてたよな。確か、高校の制服はお祖父様が学校に掛け合って下さって、スカートを履けるようになったんだろ? 入学式の前にそうやってスカートを揺らして、すごく嬉しそうに笑ってた顔を覚えてる。——うん、覚えてるよ。俺は柳野のお祖父様から並木に遊びに行く事を禁じられてたから、その頃から兄さんに近づけ無くなってしまって、ただ遠くから見てただけだったけど、それでも、すごく嬉しかった」


「やだ、あんたあの日のこと見てたの?」


 どこから見ていたのやら、覗きを公言したかのような黎の言葉に、千夜は絶句する。


「うん、見てた。俺けっこう並木の家覗いてて、兄さんのそのスカートくるくるよく見てたよ」


「やだー、それならもう遊びにくれば良かったじゃない。誰もあんたが来たって報告したりしないのに」


「全くだ。並木の家を覗こうと思ったら、もうほぼ敷地内にいた事になるだろう? よく警備に止められなかったな」


 光彰がそう言って呆れる。黎はその時初めて、その可能性に思い至ったようだ。まずい事をしたと今気がついたかのように、すっと顔を青ざめさせていく。


「不審者として捕まらなくて良かったわね」


 ふっと吹き出した千夜がそう言うと、三人は久しぶりに声を揃えて笑った。


「あー楽しい。そうだ、三人でいるといつも楽しかったよね。——ねえ、光彰が千夜を使役してるっていうんなら、それはつまり、兄さんは今も光彰と一緒にいるってことだよね? じゃあ、俺もこれからは兄さんと会えるってことだろう? 俺、すごく嬉しいんだけど!」


 黎はそう言うと、パッと千夜に飛びついた。千夜は霊であるため、本来なら、一般の人間には見ることも触ることも出来ない。しかし、今は光彰が彼女を実体化してれていることで、黎のように霊能力のない人間にも、まるで生きている人間のように触れることが出来ていた。


「——わっ……! つ、冷たい!」


 ただし、その体は氷のように冷たい。見た目は生きている人間そのままだが、その全てが同じというわけでは無いのだ。


 所詮は紛い物ということだろう。唐突にそれを突きつけられた黎は、少なからずショックを受けた。いくら意思を通わせることが出来たとしても、死んでいるという事実は変わらない。この冷たさが、千夜はもうこの世の住人ではないのだと宣言しているようだった。


「そうだよな。死んでるんだもんな……」


 彼はそう呟くと、すっかり項垂れてしまった。


「——ほら、少し距離をとっておけ」


 呆然と立ち尽くしている黎の手を取り、光彰は僅かに二人の距離を開いた。そうして冷えてしまった黎の手をそっと握り、ゆっくりと暖めていく。


「悪い、俺が先に言えば良かったな。千夜は実体化させてはいるが、生きた肉体を持っているわけじゃない。だから、触れるととても冷たいんだ。出来るだけ触らないようにしておけ。ショックを受け無いようにな……まあ、全部いまさらだな」


 そう言いながら、同時に千夜へ目で黎から離れるようにという指示を出す。千夜はそれに黙って頷くと、そのまま後ろへと下がって行った。


 それも、歩いて下がったのではない。すーっと滑るように下がって行く。それは、いかにも霊の移動と思わせるような、生きている人間には到底出来そうもない動きだった。

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