時計塔の千夜5
「大丈夫だ。黎、俺を信じろ。俺は、お前のことなら全て分かってる。今から会わせるのは、お前のその性格を考慮したとしても、それでもそうしなければならない相手なんだ。すまないが耐えてくれ」
辛そうに眉根を寄せ、懇願するようにして光彰は頭を下げる。これまで見たことのない光彰の弱々しい姿に、黎の胸がずきりと胸が痛んだ。
「——そこまでするような事なのか? その、いつも王様然としてるお前が、そんなに簡単に頭を下げるほどのことだって言いたいのか?」
「そうだ。というか、俺はお前のためなら喜んで頭を下げるだろうが、そうで無かったとしてもこの件についてはこれくらいなんて事はない。それほどの事だ。だから、俺を信じてあいつに会ってくれ。頼む」
光彰の目には、変わらず切実な思いが浮かんでいる。これは大変なことなのだろうと黎は思っていた。
いくら黎のためとはいえ、光彰はそう簡単に頭を下げたりはしない。エスコートのような事をしてくれることはあったとしても、お詫びでそうすることがあったとしても、懇願するためにそうしたりはしないだろう。
彼がそれほどに言うのであれば、黎もそれ以上の抵抗は出来ない。そう諦めた黎は、決心するために長く大きなため息を一つ吐いた。手は震えている。体はまだ恐怖から逃げたがっている。だが、心だけは決めた。それが揺らがないようにと、拳を胸に当てる。
「わ、分かった……」
その言葉に、光彰はパッと顔を上げる。そうしてほっと安堵のため息を漏らし、嬉しそうに目を細めた。
「本当か? そうか、ありがとうな」
「いやでも、めちゃくちゃ怖え事には変わりないんだからな。お前、しばらくコーヒー奢れよ」
黎が顔を顰めながらそう言うと、光彰はふっとその表情を和らげた。そして、黎の鼻先近くまで顔を近づける。
「もちろんだ。コーヒーくらいいくらでも奢ってやるよ。では……」
光彰は、そう言うとその瞳をきらりと光らせた。艶のある茶色の瞳が次第に明るくなっていく。黎に真っ直ぐ向けられたその光は、そのまま彼を包むように膨張していった。
「うわっ、目がっ……!」
目を焼きそうなほどに強く白い光の中で、黎はどうにか目を開こうとするが、眩しすぎてどうしても瞼は閉じてしまう。光彰が何を見せようとしているのかが分からないままに、目が潰れて見えなくなってしまったらどうしようかと思うほど、その光は激しいものだった。
そうして彼がもがいていると、その白い闇に変化が起きる。
「あ、あれ? 何か……見えてる?」
黎が潰れそうな目を必死に開いてみると、変わらずそこには白いだけの世界があったのだが、その中に僅かに人の姿のようなものが見えていた。薄いグレーの影のように見えるそれは、僅かに揺らぐ。長い髪、スラリとした体躯、風に揺れるスカートのシルエット……。黎は噂の中でしか知らないが、どうもそれは『時計塔の千夜』の姿に似ているように思えた。
「光彰! い、今、人が……千夜みたいな人がいたぞ!」
「ああ、そうだな。その霊が、俺が今契約している地縛霊だ。お前に合わせたい霊は、そいつだ」
そう言って、光彰はふっと時計塔の尖塔へ視線をうつした。
「最上の霊能力者は、使役した霊を使って悪霊を祓い、未来を予知する。この学園に通っている生徒の中には、代々最上家総領の世話になっている家の者が多いんだ。総領に未来予知をしてもらって、事業の方向性を決める。時には人を影で操り、未来を変える事もするらしい。そして、教師たちは退職後の自分の人生を少しでもいいものにするために、総領との関係性を深めようとしている。だからここの理事には代々最上がいるんだ。さらに、いつかは俺の世話になる日もやってくるだろうと思い、俺に媚びて来る。いくら理事長の息子だからといっても、ここの連中の媚び方はちょっと異常だろう? それは俺を未来の総領様だと見做した上での、あいつらなりの『投資』なんだよ。まあ、全く効果は無いがな。俺はああいう奴らに力を貸すのはごめんだからな」
彼はただそこをじっと見据えながら、自分の決められた人生を履き捨てるようにしてその力を語っていった。黎も釣られてそこを仰ぎ見る。次第に白い闇は弱まり、暗闇の中で尖塔の周囲に何かが僅かに揺れている様が見えるようになっていた。
目の前にいた影とは違う何かのように思えるものの、黎の目には上方の影はあまりはっきりとは見えていない。しかし、光彰はそこをじっと見つめているため、何かがきっといるのだろう。
「——悪霊祓いに未来予知……? 最上の本家はそんな事をしてるのか? お前もそれを継ぐって決まってるのか? もしかして、総領になるのが嫌なのか? おじさんの事は尊敬してるだろう? おじさんみたいになるなら、嬉しいんじゃ無いのか?」




