時計塔の千夜4
「最上の家には、総領と後嗣と呼ばれる立場の人がいる。今は俺の父、辰之助が総領にあたる。そして、後嗣は俺だ。この総領と後嗣は、ある共通点があるんだ。お前、俺と父さんの共通点と言われて、思い当たることはあるか?」
黎は戸惑った。無理もないだろう、千夜の呪いの話をしに来たのだと思っていたのに、なぜか最上家の事情の話をふられてしまったのだ。全く頭がついていかないのだろう、ポカンと口を開けている。
そこへさらに質問を投げかけられてしまっては、しっかり答えられるわけがない。その困惑ぶりが、全て清廉な顔に現れていた。
「お、おじさんと光彰の共通点? えっと、なんだ? 出来る男、イケメン、背が高い……そんな事じゃねえよな。あー、あとは……長男ってことか? あ、それだろ。確か後継って意味だよな、後嗣って。な?」
彼は何とか捻り出した答えを光彰に向ける。すると、光彰は黎のその表情を見て、ふっと吹き出した。
それはまるで愛犬を愛でる飼い主のような、優しい光に満ちた表情だ。父性や庇護欲というものにも似ているように見える。
呪いという恐ろしいものの話をしている最中とは思えないような、柔らかくて愛情に満ちた笑顔だった。
「え、何その顔……。違うのか?」
光彰の笑顔に動揺しつつ、黎は不満気に問い返した。何も説明せずに訊いたにしては、若干呆れられているように見える。黎には、それがやや不満に思えた。
「だって他に分かんねえんだもん。笑ってないで教えればいいだろ!」
少し拗ねながら怒り始めた黎を見て、光彰はさらに楽し気に笑い始めた。カラカラと笑う声が、夜の闇に消えていく。
「ああ、すまない。ちょっと可愛らしかったから……。ああいや、こっちの話だ。気にするな。——まあ確かに、俺と父さんは長男同士だ。でも、この話ではそれは関係ない」
「そりゃそうだろうけど……。じゃあ何なんだよ。俺は分家筋だから、本家のことはほとんど知らない。最上はもともと秘密主義だろう? 辰之助さんの妹である母さんはまだしも、養子の父さんは外の人間だから、今でも何も知らされてないってよく言ってたんだ。もちろん、俺も何も知らない。だから、聞かれても全く何もわかんねえよ」
そう答えた黎に「そうだな。悪かった」と言って、光彰は彼の手を引いた。そして、お互いの視線を真正面から合わせていく。
「ちょ、お前さあ……」
黎はこれが苦手だ。これまでにも、光彰は時折この行動を繰り返している。それがどういう時であるかを問われると難しいのだが、少なくとも、これが初めてではない事ははっきりしていた。
黎がこれを苦手とする理由は、ハッキリしている。こうされる度に、体の奥の方に違和感を覚えているからだ。自分の内に、別の何かがいるような感じがするとでもいうのだろうか、自らの感覚とは違うものがそこにある。どうしてもそんな気がするのだ。
「おい、ちょっと。ちっ、近い! お前、何でこうするんだよ。これ、何か意味があるのか?」
自分の中からもう一人、他の誰かが抜け出してくるような感じがする。彼はそう思っていた。
「ああ、そうだ。これには、ちゃんと意味がある。ただ、それはまた後の話だ。その前に、さっき言っていた俺と父さんの共通点を知ってもらわなければならない。最上の総領と後嗣が持つ力、それは霊能力だ。平たく言うと、俺と父さんには霊が見える」
「——霊が見える?」
突然告げられた事実に、黎は目を瞠ったまま、困ったように眉を寄せる。そうして、光彰の言葉の意味をなんとか理解しようとした。
「霊って、あの、お、お化けのことか?」
「そうだ。俺たちには、その霊が見える。そして、それを使役することも出来るんだ」
そう言った光彰は、無意識に逃げようとする黎の肩を、塔の建屋の壁に押し付けた。そして、もう一度彼の目を覗き込む。
「使役……? 霊を、か?」
黎の体は、いつの間にか何かに捉えられたように身動きが取れなくなり、ただ彼の視線に晒されることしか出来なくなっていた。それにも関わらず、相変わらず体の中から何かが引き摺り出されそうな感覚だけはあって、段々とそれだけが強くなっていく。動かせないからだと、ままならない不快感。次第に呼吸が荒くなって来る。
「そうだ。その中でも、俺たちは特に地縛霊を使う。基本的には地縛霊はそこを動けないが、俺たちが使役する間、奴らはかなりの広範囲を、自由に動き回ることが出来るようになる。俺たちの命令を聞きつつ、自分たちの未練を無くす事が出来て、お互いにいい関係が築けるようになっている」
光彰は黎の様子を探ってはいるが、何もしようとはしない。いつもであれば、黎がこれほど困っていれば助けてくれるはずなのに、なぜか今は逃げることさえ許してくれない。
「じ、地縛霊といい関係? いや、勘弁してよ。俺心霊関係ダメなんだけど……」
息を切らしながら、なんとか軽口を叩く。そんな黎の目の中を覗くため、光彰はさらに近づいていく。
「そうだよな。だから、これまでこの事をお前には話さなかったんだ。でも、もうそうは言ってられない。悪いが、今から俺が使役している霊に会って貰うからな」
「えっ!? いやいや、無理むりムリ! なんでだよ!」
黎はそう叫ぶと、必死にその場から逃げ出そうとした。しかし、光彰の大きな手は彼の肩をガッチリと掴み、少しの逃げ道も与えてくれない。黎は焦った。霊を見るのだけは、どうしても嫌なのだ。




