時計塔の千夜3
「キレイだなあ」
「そうだな」
感嘆の言葉を漏らしはしたものの、光彰は時計塔を眺めながら僅かに浮かない顔をしていた。黎には、それがとても辛そうに見える。
彼らは、千夜の話をするためにここにやって来た。学生寮唯一のルールで門限を破ってまでここに来ている。そうまでしてもする話は、とても大切な話であるに決まっていた。
では、どうしてその話をするために、光彰が浮かない顔をしなければならないのだろうか。それが分からず、黎は落ち着かない思いをしていた。
「——なあ、光彰。俺はもちろんお前のことを信じてるけれど、一応確認だけはさせてくれよ。あの噂はもちろんデマだよな? お前を怒らせると千夜に呪い殺されるっていう、あの噂。そんなこと、あり得ないよな?」
——もし仮にあの噂が本当だとしたら、自分は一体どうすべきなのだろう。
最低だとは思いつつ、ふとそんなことさえ考えてしまう。そんな自分が嫌だと、彼は思っていた。
しかし、もしそうだとしたら、彼ならもっと上手く隠し通すだろうと思っていることも事実だ。そして、その思いが彼を安心させる唯一の材料となっている。
光彰が本気になって隠し事をしようとすれならば、きっとどうにでも出来るだろう。間違えても遺体を外に置いたままにしたりなどせず、きっちりと完璧な隠蔽を行うはずだ。
彼にはそれだけの頭脳もあるし、それを実行可能なほどに金も権力も持っている。そう考えると、温田見の遺体が見つかっている時点で、光彰はこの件に関わっていないと考える方が自然だ。黎はそう信じていた。
その彼の思いを肯定するかのように、光彰はふんと鼻を鳴らす。しかし、同時に少しだけバツが悪そうに口元を窄めてみせた。
「もちろんそうだ。だが、全てを否定することは出来ない。——その話を黎に聞いて欲しくて、今ここに来てもらっている。それは、ここでしか話せない事なんだ」
「——え? それ、どういうことだ?」
ひゅう、と風が鳴いた。
それほど強い風が吹いているようには思えないのに、体の熱を奪われるかのようにぶるりと体が震える。ここから先の話を聞いて、これからも今まで通りに二人で暮らしていけるだろうかという不安が、黎の胸中を過ぎった。
しかし、そんなことは考えてみても誰にも分からない。それは黎にも分かっていた。
彼らは、高等部へ進む際に、何が起ころうと卒業までは二人の時間を大切にするという約束を交わしている。最上の後嗣である光彰との約束は、柳野家の後嗣である黎との間では契約と同等の意味を持つ。
黎はそれを承知の上で約束した。その重さを認識しながらも、彼自身がそうしたいと望んだからだ。だから、今はあの時の二人の絆を信じるしか無いという事は、彼も分かっているのだろう。
「このことは、出来れば卒業するまでは話さずにいようと思っていた。今から話すことは、俺の宿命の話だ。ただ、俺自身がまだ全てを受け入れきれてないものでもある。だけど、もう話しておかないと……。他の人の口からお前の耳に入れるのだけは、どうしても我慢ならない。だから、今からそれを話させてもらおうと思う。——聞いてくれるか?」
「受け入れきれてない、こと……? お前にそんなものがあるのか?」
そう黎に問われた光彰は、こくりと大きく頷いた。
「そうだ。そして、それをお前に話すのは、少し怖い。だが、もうそうも言ってられなくなった。だから、聞いてくれ」
光彰は拳を握り、静かに覚悟を固める。その様子が、黎の目に入った。彼がそんな風に動揺したり覚悟を決めたりするところを、黎は今まで見た事がない。
——よほどの事なんだろうな。
そう思い、黎自身も、それをしっかり受け止めなければならないと、しっかり向き合う覚悟を決めた。
「——分かった。どんな話であってもちゃんと聞くよ。だから、聞かせてくれ」
黎の頬に、一筋の汗が光る。光彰は、それを確認すると、ゆっくりとその口を開いた。
「俺は最上光彰。最上家の長男で後嗣だ。そして、最上の後嗣には、将来為さねばならない仕事がある。それについて、聞いてくれ」
そう言って、悲痛な面持ちで黎を見つめる。
屋上に吹く春の夜風が、最上家の裏稼業とその中心人物である、『総領』と呼ばれる存在について語り始めた。




