時計塔の千夜2
実際に人が亡くなり、それも心霊現象が原因だという噂がある。そんなところでも性欲が勝ってしまっている生徒のことを考え、黎は悍ましげに体を震わせた。光彰はそれを見て、楽しそうに笑い声を上げる。
「いや本当にそうだ。俺も呼び出される度に、どういう神経をしてるんだと思ったからな。昔は不可解な死に方をしている人だっているのに、よく近づく気になるよ」
「あ、そうだ光彰。その、昔の話って……」
黎は本題を切り出した。今日の放課後に聞いた噂話の中にあった、千夜の呪いの話。それに関する光彰が知っている情報を、教えてもらわねばならない。光彰も「ああ」と言って頷く。
「その、葉咲が聞いた話だと、時計塔から転落して亡くなった生徒は、これまでに二人しかいないってことだったんだ。千夜本人と温田見くんだけだって言ってた。でも、時計塔で亡くなった生徒は五人いる。それがどういうことかって言うと、他の三人が千夜の呪いで心臓発作を起こして亡くなったからだって言ってたんだ」
光彰はそれを聞いて、何事もないかのように頷いた。少しも驚く素振りを見せない。おそらく、彼はこの事を既に知っていたのだろう。
「その三人は春先に亡くなったんだよな。新学期の健康診断では何も問題がなかったのに、死因は心筋梗塞だったと聞いてる。三人は揃って寮長や寮監から問題児扱いされていた。だから、寮長が千夜を使って呪いをかけ、彼らの心臓を止めさせたっていう話になっているらしい。葉咲もそう言ってたんだろう?」
「うん、そう。ただ、温田見くんの時だけは違ってて、彼は自分から望んで落ちていったように見えたんだって市岡先生は言ってるって話だった。それがまるで恋人同士の抱擁に見えたって、先生はそう言ってるらしい」
「でも、温田見の性格を考えると、それはあり得ないと俺は思ってる。好きな人がいたらしいからな。誰かを好きなのに、他の人と逢瀬を楽しむみたいな真似は、あいつには無理だろう。実際、他に好きな人が出来たと自覚してからは、小野ともすぐに別れたみたいだぞ」
黎は光彰のその説明を聞いて絶句した。人に興味の無いはずの光彰が、珍しく温田見の性格や事情を思ったよりも正確に把握していたからだ。一体どうしたのだろうか。何も言わずともそんな声が聞こえてきそうな顔をしている。
「なんだ? 何か変な事を言ったのか? すごく面白い顔をしているぞ」
「——誰が面白い顔だ、失礼だな。いやそれはいいんだけど、——ええ? 何でお前はそんなことを知ってるんだ? 温田見くんとそこまで親しかったわけじゃないだろう?」
しかも、光彰はなぜか彼に好きな人がいたという情報に関して、絶対的な自信を持っているように断言したのだ。黎にはそれが信じられず、思わず足を止める。目の前の人物は、本当に自分の知っている光彰なのだろうかという疑いすら湧きつつあった。
一方、光彰は屋上への出入り口になっている鉄扉を外に向けて開いていた。
僅かに軋む音を立てながらも、鉄扉は意外にあっさりと開いた。光彰は、ゆっくりと外へ出ていく。屋上では、暗闇の中に浮かぶ文字盤の光が、黄金色に輝いていた。光彰にまとわりつくように彼を包む光は、さながら羽衣のようにも見える。すっきりと美しい相貌を持つ彼がそうしていると、人間とは思えないような神々しさを放っているように見えた。
「俺と温田見が? いや、親しくはなかっただろうな」
そう答えて、ふわりと微笑む。そして、黎には寝耳に水である温田見との関係を教えてくれた。
「親しくは無かった。でも、二年の後半くらいからよく話す機会があったのは確かだ。俺はほとんど聞いていただけだったんだが、温田見がよく話しかけに来てくれていた。恐らく、あいつは親父さんから何かを頼まれてたんだろう。俺を通して父さんに口利きをしてもらいたいとでも言われていたんじゃないだろうか。最初に温田見が俺に近づいたきっかけは、間違いなくそれだったと思う。でも、あいつは一度もそのことを俺に言わなかったんだ。言わなければならないという焦燥感はあったはずなんだが、それよりも俺をコマとして扱うことへの嫌悪感が勝ったみたいなんだよ。ずっとただ世間話をしに俺のところに来てくれていた。俺は温田見のその気遣いが嬉しかったんだ。それから何となく俺も温田見のことを見るようになって……。小野といる時の様子や、温田見が小野の後に好きになったっていう子と話してる時の態度とかで、その相手が誰なのかはなんとなく分かった。それだけだ」
そう言うと、黎を外へ引っ張り出し、そのまま彼を引き寄せた。そして、並んで時計塔を見上げる。煌びやかな光を纏った文字盤と尖塔の美しさに、二人はしばしそれに見入っていた。




