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キングの怒り(再掲)  作者: 皆中明
清水田学園のキング
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異変12

「でもさあ、そもそもだよ。そもそもの話、千夜って本当にいるのかな」


 黎はまずそこから切り込むことにした。


 葉咲たちが光彰を疑っているあの噂の内容——彼が千夜を使って生徒を呪い殺しているという事実——を、光彰はどう否定してくるだろうか。最もシンプルな回答を得るならば、光彰が千夜の存在自体を否定してくれればいいのではないか、そう思ったからだ。


 黎は光彰の横顔を見つめた。そこに何かしらの感情の揺れが現れはしないかと、その表れを見逃すまいとしている。光彰はそれを肌で感じているだろう。しかし、彼は黎のその熱量を知りながらも、それには応えない道を選んだ。


「市岡を信じるなら、そうなるんだろうな。あいつは、千夜と手を取り合って共に落ちていく温田見を見たと言っている。それを信じるなら、千夜はいるという事になる。ただ、俺はあいつを信じる気はないから、それだけを理由に千夜の存在を、肯定する事も否定する事も出来ないと思っている」


 そう答える光彰の横顔に、黎はふと違和感を抱いた。彼の語気に、僅かながらも棘が含まれているような気がしたからだ。


 彼は、この件について黎が知らない何かを知っていて、その上でその情報を黎に隠そうとしている。黎にとって、それはとても衝撃的な出来事だった。


「じゃあ、お前は市岡先生が嘘をついてるって思ってるのか?」


 冷静を装いながら、黎は話を進める。市岡という名前を聞いて我に返ったのか、光彰は、直ぐにいつもの様子に戻った。心底どうでもいいと言った調子で、苦笑いをする。


「さあ、どうだろうな。正直、俺はそのあたりはどうでもいいとしか思ってない。それよりも気になるのは、温田見がどうしてあの場所にいたかっていうことだけだ」


「どうしてあの場所に、か。ああ、そうだったな」


 そう話している間に、二人は第一寮寮長室へと辿り着く。光彰は扉を開けると、いつものように中の様子を一瞥して安全を確認し、黎を先に中へと入らせた。


「黎、とりあえずその話は後にして、先に体を洗って来い。砂と土でかなり汚れてるぞ。全部落として来い」


 光彰はそう言うと、黎の手に洗い立てのフェイスタオルを載せた。それから、二人分の荷物を置くために、窓際に並ぶ彼らの机の方へと歩いていく。


 彼らの机は、大きな腰高窓に向かって外向きに並べられている。その窓の向こうには、第三寮の寮棟と、その端にある時計塔が見えていた。黎は光彰から渡されたタオルを手に持ったまま、彼の姿越しに窓の外を眺める。


「今日はいい天気だったな」


「おう、そうだな」


 そんな事を言いながら、だんだんと深まる空の青色に、僅かに残る夕焼けの濃いオレンジと、時計塔の淡い金色の光が美しく輝いている様を見ていた。そんな風に美しいと思えるものを見ながらも、黎の胸の底には、言いようのない不安が渦巻いていた。


——信じていいんだよな、光彰。


 手元の柔らかなタオルを見つめながら、黎は考える。


 気分が悪くなれば心配し、シャワーのためにと言ってタオルを渡してくれる。そして、何も言わずとも荷物を片付けてくれる。光彰は、いつもそんな風にさりげなく誰かのために動いているような男だ。そんな優しい幼馴染が、人を殺すなどあり得ないだろう。黎はそう考えていた。


 例えその優しさが彼限定であるとしても、むしろ、黎だけにこだわるような男だからこそ、他の誰かを殺したいと憎むような事は無いだろう。彼にはそう分かっている。


 問題はそこでは無いのだ。光彰が入学するより前から存在しているであろう『時計塔の千夜』という霊と、彼が結託して人を殺す。そんな馬鹿げた話が実しやかに囁かれ、それを生徒たちは信じている。その事が問題だと思っているのだ。


 そして、学校はそれを否定しようとしない。つまり、光彰を守る気がない。むしろ、市岡の証言により噂は信憑性を増していて、彼を追い込むことに注力しているようにすら思えるのだ。このままでは光彰が孤立してしまうのでは無いか、そう黎は考えていた。


「なあ、光彰。今日教室で葉咲たちがお前のことを噂してたんだ。お前が……」

 

 黎がそう声をかけると、光彰はゆっくりと振り返った。まっすぐに黎を見るその目が、一瞬ギラリと強く光る。


「——っ!」


 その光には、有無を言わせぬ圧があった。黎は思わず言葉を詰まらせる。のどで引っかかった言葉が行き場をなくして、息をつめた。ずり、と思わず後退りをする。


「お前、呪いの話を聞いたのか?」


 何かを恐れているのだろうか、そう訊ねる光彰の顔は、ひどく切迫しているように見える。黎の背筋が、ぞわりと冷えた。

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