異変9
これまでにも、黎は今日のように意識を失うことが時折あった。ぼんやりと焦点の合わない目でうろついたかと思えば、その直後に倒れて熱を出す。そして、必ず数日寝込んでしまうのだ。
この現象は中学生の頃に始まり、もう五年ほど続いている。体の方は特に異常はなく、おそらく精神的なものだろうと医者からは言われていた。定期的に検査を受けることを条件に、寮で生活する許可をもらっている。表向きは、そういうことになっている。
「おい、降ろせよ。いくらなんでも、俺にだって羞恥心ってもんが……」
「ダメだ。今のお前の顔色は、蒼白という言葉でも足りないくらいに、酷い色をしてるんだぞ。とても歩かせられるような状態じゃないんだ。恥ずかしくても我慢しろ。こんなになるまで走ったお前が悪い」
そうして黎の抗議は一切聞き入れられず、二人はそのままの状態で寮へと向かうことになった。
春先は陽が落ちるとやや冷え込む。ランニングの後の記憶がないのであれば、どれほど体を冷やしていたかもわからない。光彰は、抱えた黎の体がなるべく冷えにくくなるようにと、お互いが密接するように彼を抱き直した。
「ちょっ……、お姫様抱っこはやめろよ!」
「——黙ってろ。判断を誤ったお前が悪い」
「うっ、すみません……」
申し訳なさそうに縮こまり、大人しくなった黎の様子に、光彰はふわりと微笑んだ。
そんなやりとりをしつつ寮へ戻る道すがら、二人はコミュニケーションルームの前を通る。そのガラス壁の向こう側には、早めの夕食を摂っている生徒たちの姿が見えていた。そこには、今朝この寮の生徒が亡くなったとは思えないほどに、穏やかな時間が流れている。
「——この人たちは、温田見くんを悼んだりする気は無いのかね。あんまりにもいつも通りじゃないか?」
黎は、談笑しながら美味しそうに食事を頬張っている生徒たちの姿を見つめながら、ぽつりとそう呟いた。
この学園の生徒は、ほとんどが所謂裕福な家庭と定義される家に生まれている。そして、ここで生活をする上でも、不自由しない程度には親からの支援を受けていた。
しかも、寮はルールが緩い。生きていく上で困らないのであれば、よほど志がある者で無い限り、このぬるま湯に浸かり切ってしまう。
そういう生活を続けているからか、この学園の生徒達は、教えられたこと以外での判断をするという能力が次第に乏しくなる傾向にある。それが顕著に現れるのが、こういう時だろう。
校内で何か問題が起きていたとしても、知らされる以上のことを知ろうともしない。管理者である大人達が問題無いと言う限り、そうなのだろうと言葉通りに捉えてしまうのだ。
問題の本質を探るということに興味を持たず、話の上辺だけを掬って噂話を楽しむ程度にしか気にかけない。与えられている情報と、実際に起きていることに乖離があったとしても、それに気づきにくいのだ。
とはいえ、肝が据わっているのか、それとも本当に何も考えていないのかは、結局は本人以外には分からない。とにかく、並大抵の事では動じず、いつも通りに過ごせるタイプの生徒が多い。それがこの学園の特徴だ。
親の会社の経営を盤石なものにする。そのためにここにいる彼らにとっては、そのために役立てられるモノ以外には興味が向かいにくい。
そう分かってはいるものの、噂はするくせに悲しんであげたりはしないのかという怒りの感情が、どうしても黎の中に湧き立ってしまう。光彰は、そんな彼を優しく嗜めた。




