異変2
ブツブツと独り言ちながら歩いていた彼は、次第に燻る感情に耐えかね、その全てを吐き出したい衝動に駆られ始めた。
そうなると、黎の場合はやることが決まっている。肩にかけたバッグのストラップを短く握り込み、怒りのエネルギーを足元へ下すように重心を下げると、そのまま勢いよくそれを蹴り出した。
風が耳元で鳴る。夢中になって手足を繰り出す。視線を先へと送り、何かとぶつからないようにと配慮しながら、下校中の生徒の波が引き、誰もいなくなった校庭と寮棟の間の通路を、力任せに走った。
しかし、校舎と寮棟のエントランスの間は、僅かな距離しか離れていない。あっという間にゴールへと辿り着くと、そのままの勢いでそこを駆け抜け、寮監からの注意にろくに返事をすることも無いまま、光彰と暮らす第一寮寮長室へと向かって直走った。
「あーもう! このくらいじゃ全然発散出来ない!」
彼は室内へ入ると同時にそう叫び、通学用の荷物をかなぐり捨てる。苛立ちに任せたまま乱暴に制服を脱ぎ捨てると、クローゼットにしまってあるスポーツバッグを取り出した。
その中には、勉強するにも体力がいるからと言って彼の両親が送って来てくれた、ランニング用のウェアが入っている。黎はそれを取り出すと、徐に袖を通した。
そして、性急に踵を返すと今辿ってきた道を戻り、チャージしたかのように再び溜まった怒りのエネルギーの全てを発散するべく、夕暮れの校庭へと向かった。
「光彰は善人じゃないけど、悪人でもないんだよ。何も知らない奴が勝手なことを言うな!」
小さく歯噛みしながらそう呟くと、気を取り直すように雄叫びを上げる。そうして勢いに任せたままぐるぐると校庭を回った。黎は、いつもそうすることで、どうにか苛立ちを収めて来た。
外出もままならない場所で暮らしているため、どこかへ出掛けて気分を変えるということもそう簡単ではない。届出をすればそれは可能ではあるものの、黎は光彰からそれを止められていた。
自分の両親が長年海外に滞在していて、最上家で育ったようなものである身としては、そこの嫡男に言われることには従わざるを得ない。そして、彼が光彰のその過剰とも言える指示に従う理由は、それ以外にもいくつかあった。
その中でも最大のものは、黎は光彰を心から信頼しているということだろう。彼がはっきりと禁止することは、しない方が身のためだという事を、これまでの経験上よく知っていた。どんな時でも光彰は黎を正しく導き、危険から守ってくれている。そんな彼を裏切るような行為は決してしない。黎はそう心に決めていた。




