悪い噂4
光彰を影でキングと呼んでいる生徒は、このクラスの生徒ほぼ全員だ。黎と八木以外はみんなそう呼んでいる。もちろん、彼らも本人にそう呼びかけることはなく、その言葉は陰口専用だ。ただ、今や光彰本人がそう呼ばれていることを知っているため、隠語としては何の意味も果たしていない。
——好き勝手言ってんなあ……。
黎はこういう光彰の陰口を聞くたびに、胸の辺りに重苦しいものが溜まっていくような気分を味わう。それを取り去ろうとするかのように、ネクタイの結び目に手をかけると、思い切り引っ張ってそれを緩めてた。
彼自身のことを言われているのであれば、おそらく既に掴みかかっているだろう。ただ、光彰に関する事ではそうすることが出来ない。光彰本人からそれを止められているからだ。
彼らは幼馴染で従兄弟同士であるため、これまでずっと一緒に過ごして来た。誰よりもお互いを知り、誰よりもお互いに居心地の良さを感じる存在となっている。
だが、高等部を卒業してしまえば、そこから先は別々の道を歩む事になっている。二人で過ごせる残り少ない時間を有意義に過ごすため、くだらない争いでそれを無駄にしたくないと考えているのだ。
特に光彰は黎との時間を大切にしたいと望んでいて、光彰や最上家に関することで絡んでくる者には、一切関わらないでくれと黎に頼んでいた。
その約束があるため、黎は光彰に関する陰口を聞いたとしても、何も反論する事が出来ずにいる。
こうして偶然知ってしまったようなことでも、それは同じだった。彼の胸の内で、なんとかして昇華させるしかない。
「——帰ろ」
そう呟いて席を立つと、教室を後にする。足早に階段へと向かおうとしていたところ、どうしても我慢出来なくなる様な酷い言葉が彼の耳へと入って来た。
「機嫌がいいからっていうか、むしろ逆だろう? キングの怒りを買ったら良くないって言われてねえ? 温田見はキングの怒りを買って、始末された。そして、キング自身は温田見を片付けたから、スッキリご機嫌なんじゃないのか?」
男子生徒の一人が、新しい情報を持っていることを誇示するかのように、得意気な様子でそう言い始めた。敢えて声を張っているのだろうか、それは何度も黎の耳へと突き刺さる。
——耐えろ。
黎はぎゅっと目を瞑り、拳を握りしめた。負のエネルギーを脱がすことに集中する。
「ええ、ちょっとなにそれ?」
「何だよ、それどこからの情報?」
そこへ、わらわらとたくさんの生徒が集まって来た。
真偽の程も確かめず、噂をばら撒いてはそれに大袈裟な反応を示し、有り余ったエネルギーを消費する。
それは日々ターゲットを変えて繰り返される、憐れなカゴの中の鳥達にとっての、数少ない娯楽の一つなのだ。




