奇妙な現象8
その行動は、教師としては褒められたものではないだろう。しかし、転落した人の姿をまじまじと確認するように言われて喜ぶような人間は、それはそれでおかしいというものだ。戸田の反応は、至極当然のものだと思われる。
しかし、彼女もやはり教師なのだろう。嫌そうな表情を浮かべたまま、渋々才見の方へと近づき始めた。
「うー、やだぁ。いくら生徒でも、死んでるかもしれない姿なんて見たくないわよ……」
そう言いながらも、義務感は彼女に確認するようにと説得する。重い体を引きずるようにして才見のそばまで行くと、チラリと倒れている生徒の顔を覗き込んだ。
「——……っ! ぬ、温田見くんよ。間違いないわ」
温田見厚の体は、頭部から血を流してはいるものの、そのほかには目立った傷が無かった。まるでそこで昼寝をしてサボっているかのようにすら見える。それほどに、穏やかな顔をしていた。
しかし、その考えを打ち消すのは、やはりその夥しい量の出血と容貌だった。彼の体は蒼白になっており、命の灯火が潰えている事は、誰の目にも明らかだった。その体には、魂が抜けてしまい蝋人形になったような、奇妙な透明感がある。
「こんなに血が溜まってるなんて……」
遺体の下の草は血に濡れていたものの、まるでベッドのように優しく温田見を包み込んでいた。およそ人が体を打ちつけて亡くなるような場所には思えないように柔らかく、まるで寝床のような場所だった。
「こんなに柔らかい場所に落ちて、こんな死に方になるはずはないのに……」
才見は不可解な現場に首を捻る。状況が飲み込めずに立ち尽くしていると、上着のポケットの中でスマートフォンが震えた。
「——市岡先生だ」
才見はその電話を受けると、温田見の遺体を発見したことを彼に告げた。
こうして、時計塔からの転落による温田見の死は、転落を目撃した市岡、遺体を発見した才見と戸田の証言により、それを聞きつけた生徒たちによって校内に広がっていくことになる。
始業式の朝に起きた、優等生の転落事故。それは、「時計塔の千夜」の呪いの話に、この学園が支配される日々を迎える口火となっていった。




