奇妙な現象6
「あ、そうでしたね。午後は理事会が……。今日は教授もいらっしゃるんですね」
「そうよ。あなた後で替えのスーツ持って来てちょうだいね」
戸田はそう言うと、才見を睨みつけた。その態度は、あまりに尊大だ。才見が自分のために自宅に行って替えのスーツを取ってくることを、まるで当然であるかのように押し付けようとしている。
「ええ? いや、でも……」
「持ってきてちょうだい。それくらいしなさいよ。すぐそこだし、あなたはうちの勝手もわかってるでしょう? 戸田を怒らせると面倒なのだって、誰より知ってるじゃない。ゼミ生だったんだから」
「それは……、そうですけれど……」
才見は深いため息を吐いた。職員の間でも、戸田はとにかく我がままで知られている。その性質に振り回されるのは、新任の才見であってもこれが何度目か分からない。
確かに声をかけて驚かせた才見に非はあるのかも知れないが、その対価は、彼女の自宅に出向いて着替えを持ってくるほど重いものでは無いだろう。
放課後の理事会に備えておきたいのであれば、自分の授業が終わってからでも一度帰宅すればいいだけの話だ。
特に戸田はクラス担任を持っているわけではなく、申請さえすれば空き時間にどこへ行こうが自由なのだから、わざわざ忙しい才見を自宅へ向かわせる必要は無いと言える。
それに、彼女はむしろ才見には感謝されねばならないことがある。それは、倒れ込んだ場所の草を濡らしていたのが、水であったことだ。
その場所より少し手前には、そこよりも少しだけ暗くなっている箇所がある。そのあたりからは、蒸発する水分に混じって、鉄の匂いが漂っているのだ。
「あの、おそらく午後の理事会は無くなると思います。先生、そこ、見てください」
才見はそう言いながら、戸田の倒れた場所のすぐ前を指差す。草むらの中から染み出してきたであろうものが、舗装されていない道路の上の足跡に沿って溜まっていた。
雨でできたぬかるみに残されていたスニーカーの跡のようなものの中に、その匂いを放つ赤黒い液体が溜まっている。




