奇妙な現象5
才見は新任教師であるため、そこがどういう場所なのかを知らない。そのためか、なんの躊躇いもなく現場へと近づいていった。
そして、市岡が言っていた、階段室の入り口からちょうど対面にあたる駐車場との間の通路を見渡す。するとそこに、職員用の駐車場から一人の女性が入って来るのが見えた。
「あ、あのっ!」
才見はその女性に声をかけようとした。もしかしたら、雑草の中で見えなくなっている温田見を踏んでしまったりするかもしれないと思ったからだ。
「あら、才見先生じゃないの。どうしたの……」
しかし、声をかけようとしたタイミングが悪かったようだ。才見の声が耳に入った彼女が彼の方へと目を向けると、ヒールが分厚い草の中へと突き刺さった。
「えっ? ——きゃあっ!」
抜けなくなったヒールのせいでバランスを崩した彼女は、前のめりにその場に倒れた。ドスンという音がするほど派手に転んだ彼女を見て、才見は声をかけたことを後悔した。
「あっ、大丈夫ですか?」
声をかけた才見に、彼女は鋭い視線をぶつける。倒れ込んだ場所は、昨夜降った雨で濡れている。ゆったりとしたシルエットのパンツスーツの膝から下の部分が地面に触れ、ぐっしょりと濡れてしまっていた。
「あー! やだー、出勤したばっかりなのに……。ちょっと、才見くん! いきなり大声出さないでよ! びっくりするじゃない!」
「す、すみません。ちょっと緊急事態で……。おケガありませんか、戸田先生」
「ケガはしてないけれど……」
戸田は才見の手を借りながら立ち上がりつつ、濡れた部分を摘み上げてため息を吐いた。
「スーツが……。もう、どうしてくれるの! 今日の午後の理事会は主人も来るのよ。あの人服装にうるさいから、ネチネチ言われなくて済むようにわざわざこれを着てきたのに。着替えはジャージしかないのよ! そんなの着てたら、なんて言われるか……考えるだけで嫌になる」
日常的に着ているものであれば洗って乾かせば問題無いのだろうが、今日に限ってそれが出来ないウール製のものを着ていた。乾かしたとしてもシミが残るだろう。そんなみっともない姿で午後を迎える訳にはいかないのだと言って、ひどく憤っている。
戸田の夫は清水田学園の大学部で教授をしており、二人は今日の午後にある理事会で顔を合わせることになっている。
戸田教授は普段は研究一筋であるため、妻がどんな服装をしていても気にも留めない。しかし、理事会の時だけはそうはいかないらしい。その日ばかりは自身も身なりをきちんと整えていて、妻である明美もそうするようにといつも言われているのだ。




