排除されるべきもの7
その状態で疑わしい人間を絞っていくことは、至難の業と言えるだろう。
「市岡くんが幻覚を見せられている? それはまた突飛な発想だね。霊を見たとかじゃなくて、幻覚の話なのかい?」
「ああ、父さん。実はですね、黎が一度幻覚剤を飲まされてしまったことがあるんです。千夜はそのことで……」
「何だって?」
辰之助はそれを聞いて眉を顰めた。その視線は、突然鋭く尖っていく。普段温和な彼の視線が急激に尖ることで、部屋の空気が一瞬にして凍りついた。
「黎くんが幻覚剤を飲まされた? そんなことは、私の耳には入っていないよ。それは学校へ報告してあるのかい?」
辰之助の纏う空気の重さに、光彰は息苦しさを感じていた。まだはっきりとしていないことが多かったために、学校へは黎が薬物摂取により奇行に走ったということは話していない。内容が内容だけに、話を取り間違えられてしまっては、黎の将来に傷がつくと考えていたからだ。
小野の転落事故の件については、なぜか光彰だけに火があるとされていて、黎が一緒にいたことには、学校は一切触れて来なかった。光彰は、それに違和感を抱いている。
柳野家の人間である黎は、言うなれば最上の言いなりであって、本来ならこれを機に共に排除してしまった方がいいと思われるような存在のはずだ。
それにも関わらず、いまだに黎にはお咎めがない。その理由がわかっていない以上、下手な動きは出来ないと考えていたのだ。
「いえ、伝えていません。その話を学校にする前に、俺は停学になりましたので」
肩を竦めながらそう答える息子を見て、辰之助は「なるほど」と呟きながらため息を吐いた。
「じゃあ君はあの時、僕にそれを話そうとしていたのかな?」
辰之助は、光彰と職員室前で会ったあの時、『とにかく家で話そう』と言ったのが自分自身であることを思い出していた。
あの時彼は、一分一秒でも早く光彰を校長室へ向かわせた方がいいと思い、あの場で詳しい話をさせなかった。それで間に合うことだと思っていたからだ。
しかし、今そのことを知った辰之助は、ある懸念を抱いていた。そして、その事態を引き起こしたのが、あの時の自分の判断ミスかもしれないとも思い始めていた。
もしこの話をあの時に聞いていれば、もっと他に手を回せたこともあったかもしれない。そんな思いに駆られて、焦っている。
「光彰、『獅子身中の虫』の意味は、もしかしたら、今まで話していたものとは全く違う意味になってしまうかもしれないね」
「違う意味ですか? それはどういうことでしょうか。学校が僕を排除しようとしているんでしょう?」
光彰は、何かに思い至ったらしい辰之助の顔をじっと見た。同じことを知っていくだけにも関わらず、色々な可能性を見出していく彼に、光彰はいつも驚かされている。
息子は、父への憧れと好奇心によって、キラキラと目を輝かせていた。しかし、辰之助の口から語られたのは、彼にとって最も面白くない類の話であった。
「黎くんに危害が及んでいるのなら、獅子は光彰、身中の虫は黎くんだと考えている可能性も出てくる。そして、牡丹の朝露という薬によって、黎くんを排除するということを考えているのかもしれないよ」
「——黎を排除するんですか?」
光彰は、父の案を聞いて眉根を寄せた。
言われている言葉の意味は分かる。キングと呼ばれている彼自身が獅子と准えられていて、黎との関係性をよく思わない人物が、彼を虫だと捉えているという可能性は、あるのかも知れない。
しかし、だからと言って、なぜ実際に黎を排除しなければならないのだろうか。その必要性が分からないようだ。
珍しく追いつかない思考を持て余しているのか、額に手を当てて唸り声をあげている。
「あの、僕には話が理解出来ません。いえ、理屈は分かりますが、その必要性はあるのでしょうか。その理屈だと、犯人は、俺のために悪い虫である黎を排除しようとしているというような話に聞こえます。でも、誰がなんのためにそんなことをするんでしょうか。そんなもの好きはいませんよ。むしろ、僕が虫に食い尽くされて滅びることを願うような人しかいないはずです」
すると、彼の反応に辰之助は思わず吹き出してしまった。その上苦笑いを浮かべる。息子が哀れだと思ったのか、光彰の肩をポンと叩き、それでも治らない笑いを必死に噛み殺していた。
「——君どれだけみんなに悪く思われてるんだい。自分で言っててちょっと悲しくなったりしない? しかし、そうだねえ、さすがにまだ何もわからない。だって、実際の君の学校での姿を私は知らないからなあ……。そうだ、千夜さん。可能性としての話だが、学園内に光彰に好意を寄せている人はいないだろうか。そういう方からの暴力的な愛情が、この事件のきっかけかという可能性も考えられるよね」
すると千夜は、間髪入れずに「ないですね」と答えた。そのあまりの速さに、光彰は気分を害する暇も与えてもらえなかった。
「だって叔父様、お分かりになるでしょう? 光彰は黎以外は人間扱いしていませんから。女子生徒がどれほど群がろうとも、黎には勝てませんもの」
千夜のその言葉を聞いて、辰之助は苦笑した。困ったことに、彼には息子のその姿の方は、容易に想像出来てしまったのだ。
「そうか、そこはやはり相変わらずなんだね。それなら、まだ目星もつけられないかな。ただ、黎くんを一人にしては危険かもしれない。光彰、黎くんに護衛をつけよう。今から生徒を入れるのは難しいだろうから……」
辰之助は千夜の体に打ち込んだ楔のケースを取り出すと、それを軽く振って見せた。それは、これに入っていたものが必要であるなら、調達してこようかという提案を意味する。
しかし、それを見て光彰は口の端を歪め、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「僕だってその辺は抜かりありませんよ、父さん」
そう言うと、目元を覆っている長い前髪をかき上げた。




