排除されるべきもの8
光彰の瞳の色はブラウンだ。髪の色が明るいイエローブラウンであるのに比べて瞳の色は濃く、しかし黒髪で濃いブラウンの黎よりは格段に薄い。
しかし、今辰之助に得意げに見せている瞳の色は、さらに薄くなっていた。ほぼ金色のようになっており、それは彼がある状態になっていることを示している。
息子のその顔を見て、辰之助も彼と同じようにニヤリと笑った。
「そうか、既に『仕込んで』あるんだね。君が大人しく停学に応じるなんて、おかしいと思ったんだよ。今ここにいる君は『半身だけ』なんだね?」
父の問いに、光彰は一転して楽しそうな笑顔を浮かべた。自分の考えを父に理解してもらえることを、光彰は何よりも喜んでいる。
「はい、そうです。もう半身は、あなたが準備してくれていた『あの人』の体に入れてもらってます。黎が幻覚剤を飲んで暴走した時に、黎の身に危険が迫っているかもしれないと感じて、その時すぐに準備していました。《《彼》》には、きちんと説明して、仕事として依頼してあります。危険と言えば危険ですから、正式に依頼書を出してあげてくださいますか? その分の支払いの上乗せをお願いします」
そういうと一枚の書類を取り出した。辰之助はそれを受け取り、内容を確認する。それを見て、
「わかった。八木探偵事務所への依頼書に、八木和希くんの体を依代として使わせてもらうという文言を付け加えておくよ」
と言って微笑む。光彰はそんな父に、ある大事なことを付け加えるようにお願いした。
「あ、出来れば報酬の中に『七香ちゃんのフィギュア』を追加してあげてください。欲しくてずっと情報を追っていたものが、学園に潜入していたために買えなかったそうなので」
それを聞いた千夜が大声を上げる。
「わあ、それすっごく喜びそう!」
そして、その大きな目をまるで七香ちゃんのようにキラキラと輝かせた。
◆
「おっ、今日も月が出てるな。なあ、光彰。こういう日ってさ、千夜が出るって……」
黎は振り返り、満面の笑みを向ける。目の前には、見慣れた光彰が愛おしそうに自分を見つめる目があるような気がしていた。
しかし、実際にそこにあるのは、誰もいないベッドだけだった。いつもであればそこにあるはずのものが無いと実感したことで、またずきりと胸を痛めてしまった。
この行動を、一体何度繰り返しただろう。孤独を埋めきれず、まだ情けなく光彰に寄りかかりたいと思っている自分に呆れながら、黎は頬を両手で叩いた。
「あーもう、バカだなあ。いい加減に慣れろよ」
あれから二週間が経つ。それでも、黎はまだここに一人でいることに慣れる事が出来ない。
この部屋は二人部屋だ。
生徒には基本的に個室を与えられるこの寮の中で、寮長にだけは広い二人部屋が与えられる。それを本来であれば光彰が一人で使うようになっていた。
しかし、黎は柳野家の仕事として光彰に同行している形をとっており、業務上の都合ということにして、学校にも二人部屋としての使用許可を得ている。
とはいえ、その業務内容がなんであるのかを、黎自身は今でも知らない。彼はここへ来てからも、特にこれといって仕事らしいことをした覚えがないのだ。
「俺だけ置いていくんじゃねえよ。すげえ寂しい……」
彼はここ数日、そう独り言ちてしまうほどには、孤独に打ちのめされていた。
光彰が自分の意思で退学したというのであれば、ここまで寂しくなることも無かっただろう。大切な幼馴染の意向にそうという目的があるならば、一人で卒業まで頑張ればいいと思えるはずだ。
しかし、今回はそれとは違う。黎がとった行動により、光彰が停学させられているという事実があるのだ。
——どうして俺は光彰を助けられないんだ。
黎は今でもその思いに苦しめていた。
自分が光彰のために出来ることが見つからず、拭いきれない罪悪感が何度も湧き上がっては、胸を押し潰す。あれ以来ずっと、その苦しみから逃れられないままだった。
「あーまた落ち込みそうだ……。あ、そうだ、あれ読もう。落ち込みそうになったらどうぞって渡されたやつ……」
黎は枕元に置いていた一冊の本を取り出した。それは、広い部屋に一人になる黎を心配した才見が貸してくれた、数年前に世界中でヒットしたファンタジー小説だった。
一人の勇者がたくさんの人と出会い、仲間を引き連れて冒険するという、ファンタジーでは定番中の定番のお話。最後は、悪者を倒してめでたしめでたしとなる。わかりやすい勧善懲悪ものだ。
『辛いときは難しいことは考えずに、単純でワクワクしやすくて、でも非現実的なお話の世界観に浸るといいよ』
才見はそう言って、特に読みやすいものを選んでくれていた。
「これシリーズだし、いい暇つぶしになるんだよな」
光彰が停学になって以降、才見は黎の孤独を埋めようと、色々な気晴らしを提案してくれていた。その中でも、この小説のシリーズに、黎は酷くのめり込んでいた。
なりふり構わずに大切なものを守り、必要とあらば自らが傷ついてでも対象を助ける。その勇者の姿に、黎を守る光彰の姿を重ねた。
毎日読み耽る物語の中に、その姿を見つける。そうすることで、どうにか孤独を埋めているような気がしていた。
「これ、なんだか読んでると夢の世界に連れて行かれるような感覚になるんだよな。没入感がすごいっていうか。才見先生はなんで俺に必要なものがわかったんだろう。新任なのに、生徒のことをよく見てんだよなあ」
才見は献身的に黎をサポートしていた。黎はその繊細な手助けに次第に縋るようになり、今や放課後はほぼ物理準備室に入り浸るような状態になっている。
そして、夜の孤独は八木と過ごすことで緩和させていた。時間の許す限りコミュニケーションルームで共に過ごし、よく眠れるようにとリラックス系の音楽を聴かせてもらっている。
それでも、こんな風に一人で過ごす深夜はやはり寂しい。それを誤魔化すためにも黎は本を手に取り、パラパラとページを捲る。そして、ほんの少し読み始めてはみたものの、今日はなぜかいつものように物語に入り込めない。
楽になるためにすることで、苦しむ必要はないだろう——そう思った黎は、その手をすぐに止めてしまった。そして、再び窓の外へと目を向ける。
「満月、かぁ」
本の上に乗せた手は、もうページを捲ることはない。今夜の月の美しさには、その本の世界観も勝てなかったようだ。
「きれいだなあ」
パタンと音を立てて本を閉じた黎は、その視線を藍色の空へと向ける。
「月でも眺めるか」
そう呟いて、黎は出窓に体を預けた。そして、闇の中に仄白く浮かぶ丸い月を見つめる。夜空に浮かぶ月の光は、まるで彼の心情を映すかのように、どこか物悲しい光を放っていた。




