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キングの怒り(再掲)  作者: 皆中明
囚われの身
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排除されるべきもの4

「ああ、あったよ。その収束には最上が関わっているから、君も覚えていると思うんだが……。その頃、私はほとんど家に帰れなかった。君と話す時間が全くなくなってしまった上に反抗期と重なってしまって、とても悲しかったんだよ。覚えてないかい?」


「父さんと話さなかった時期……。ああ、中学に入ったくらいの頃ですか?」


 何か思い当たることがあったのか、光彰ははっと目を見開いた。同じ年頃の子に比べて精神的に落ち着いており、親と揉めることなど殆どなかった彼にも、反抗期というものは存在したのだろう。中学時代の記憶を探る瞳の中に、バツの悪そうな思いも見え隠れする。


 辰之助はというと、それを見てくすりと笑った。親としては、その程度のことで済んでいる反抗期など、ただの懐かしい思い出に過ぎないのだろう。息子の肩に手を乗せると、それを軽快に弾ませた。


「そう、その頃だね。君の軽い反抗期の頃だよ。学生の間だけで流行っていた薬物があって、それが『牡丹の朝露』と呼ばれていたんだ。若い子達の間で流行るものにしては名前が渋くて、少し話題になったんだよ。ただ、そこに書いてある通り、全ての薬物は押収されて、製造していた者も売人も、みんな海外逃亡ののちになくなっている。だから、もう手に入れることは出来ないんだけど、鑑定のために少量警察には残してあるそうなんだ」


「若い子の間で流行っていた……。その、父さん、不勉強で申し訳ないのですが、『牡丹の朝露」という言葉は、若いうちにそれほど使うものですか?」


 光彰には、どうしてもそれが気になっていた。


 あの反省指導の日、教室から去りながら、田岡が発した言葉が『牡丹の朝露』だった。光彰にはなんの言葉なのかが全くわからず、何か生徒たちの間で流行っている罵倒の類の言葉なのかと思っていた。


 そうであれば何も気にはならないが、それが過去に流行っていた薬物の名前だというのであれば、話は別だろう。


「うーん、そうだね。それは世代によるとは思うんだけど……。何か引っ掛かる事があるのかい?」


「はい、少し気になることがありまして……」


 あの時、彼らは反省指導を受けていた。音楽室の掃除をしていて、学校の黒い噂を探ろうとしていた田岡を、光彰が嗜めた。その答えとして呟いた言葉が『牡丹の朝露』だったのだ。


 なぜ田岡はそんなものの名前を光彰に対して呟いたのか。そして、あの時の会話の流れが、あまりに不自然なものであったことも気になり始めていた。


「実は以前時計塔からの転落について面白がって探ろうとしていた男がいて、俺がそれを嗜めた事があるんです。その時、その男が俺に向かってこぼした言葉がそれでした」


「それは探ると危険だからやめた方がいいよという程度の話だったのかな? それに突然『牡丹の朝露』と言って来たってことかい?」


「はい、そうです」


「そうか……。ちなみに、その子の名前は?」


「あ、すみません。田岡です。田岡歩夢」


 その名前を聞いて、辰之助は何かに思い至ったようだ。長い指を一本すっと立てると、「苦労人の田岡くんだね」と囁く。


「そうです。俺は田岡とは割と普通に話せて、なんの気負いもしなくていいので、割と貴重な友人でした。でも、八木が言うには、彼は俺たちの同行を探っていたらしいんです。それまで深く考えないようにはしていたんですけれど、もしその話が本当であれば、この言葉を言われたことにも何か意味があるのかもしれないと思ったのですが……」


 光彰が田岡との間にあったことを説明すると、辰之助は深くゆっくりと頷き、「なるほどね」と呟いた。そして、やや首を傾げる。


「光彰、『牡丹の朝露』は仏教の教えの中にある『獅子身中の虫』に出てくる言葉だよね。仏教徒でありながら、仏の道に反して害をなす者のことを獅子身中の虫というんだが、その虫を追い出すために飲む薬のことを『牡丹の朝露』っていうんだ。——あれ、そんな顔をするってことは、もしかして、君この言葉の意味を知らなかったのかい?」


「——はい。すみません、不勉強で……」


 光彰は父の揶揄を受け、顔を赤た。


 辰之助であれば何かしらのヒントをくれると思ってはいたのだろう。だが、まさかこれほど簡単に答えられてしまうとは、思いもよらなかったようだ。


 しかも仏教の教えというのであれば、少し知ろうとすれば、ネットでもすぐに答えは出せたのかもしれない。


 辰之助の反応からして、彼は最上の後嗣なら知っていて当然だと思っているように見える。それならば、光彰は後嗣としての努力を怠っていたと言えるだろう。


 いくら大変なことが続いていたとはいえ、それは怠慢だと取られてもおかしくない。そう思い、光彰は、自分を酷く恥じていた。


「しかも、田岡に言われた言葉が仏教に関するものだとは思いもしませんでした」


 そう言って目を丸くする光彰の様子に、辰之助は肩を揺らす。


「そうだね、田岡くんの口から聞くとは思わないかな。成績は良くても、教養という面ではあまりいいものは感じないからね」


 理事長である辰之助がなぜ田岡の名を知っているかというと、それはやはり田岡の両親の死が関わっている。

 清水田学園は私立校なので、学費もバカにならない。田岡は両親亡き後、学費を免れるために特待生でいるしかなくなっていた。


 寄付額最多の特待生から、学力選定の特待生へと変貌を遂げた田岡のことは、理事会の連中であれば皆知っている。それほどすごいことを、あの男はやってのけていた。


 アルバイトと退学にならないための勉強に追われる日々の田岡に、教養を身につける時間など皆無だろう。

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