奇妙な現象3
「先生! どうされたんです、こんなところで。顔が真っ青ですよ」
市岡の顔色が蒼白である事に気がついた才見は、震える背中を摩りながら「先生、取り敢えず落ち着きましょうか」と声をかけた。その声音の柔らかさに、市岡は目を潤ませる。
職場で人に冷たくされてばかりの市岡には、才見の優しさが身に染みた。しかし、今はそんな事に感動するような猶予は許されていない。すぐにでも温田見の様子を確かめなければならないと思い、市岡は彼が落ちた方を指差した。
「才見先生、ぬ、温田見くん、あっちの方に……」
状況をうまく説明しようとしてもうまく回らない頭に、市岡はまた情けなさを感じた。
——どうして僕はいつもこうなんだろう。
彼が自身にそんな問いかけをすることは、これまでに何度もあった。それこそ、一度や二度の話ではない。
彼は、生徒がすぐそこで苦しんでいるかもしれないのに何も出来ずにいる自分のことを、いつも責めていた。これまでずっとそのことに悩まされている。
普段どれだけ生徒に好かれようとも、今のような時に生徒を守ることの出来ない自分に、常に苛立ちと呆れを募らせていた。
チリチリと痛む胃、激しく弾もうとする心臓。その全てに怒りを覚えている。
それでも、なけなしの自制心を働かせた。どうにかして冷静さを取り戻そうと、必死に自分を律する道を探そうとする。
才見はそんな市岡の意を汲み取ったのか、市岡の背中を優しく摩った。
「先生、パニックは誰にでも起こり得ることです。そうなったら自分を責めるのではなく、まずは深呼吸をしましょう!」
そう言って市岡の背中を優しく摩り続けながら、ゆっくりと深い呼吸へと誘った。目の前で実践してみることで彼にその方法を伝え、それを数回繰り返す。
才見の手の温もりと呼吸のゆったりとしたリズムによって、市岡の自責の念は次第に緩んでいった。
そうしてしばらくすると、市岡はすっかりそれから解放され、ようやく大きなため息を吐き出した。
「……よかった、少し落ち着きましたね。それで先生、確認なんですが、時計塔とは第三寮のことで合っていますよね。つまりここでしょう? ここに温田見くんがいるんですか?」
「い、いや、違うんだ。温田見くんが、その、屋上から落ちたんです。あの、大きな時計のあるところから、あれです。そこから下まで……」
悲鳴を上げるようにそう告げる市岡を見て、才見は一瞬返答に詰まってしまった。
「あそこから……?」
市岡が指を刺しているのは、三階建ての第三寮の突端にある小塔で、大きな金飾りの文字盤が美しい大時計のある部分だった。




