第十章 初めての家族崩壊危機 2
幸栄はパートで働いているスーパーマーケット「マルトク赤羽店」へ行く。
店長に、ビルの管理人として住み込みで働くのでもうここでは働けない。辞めると伝える。
「あの、金河さん。私はこれでもいちおう常識ある社会人です。超えてはならない一線は心得ているつもりです。だから、だから、一言だけ。
私はこれからも金河さんと一緒に仕事がしたいです。辞めるのではなくて休職にしませんか。席は残しておいて状況が変わってまたここで働けるようになるかもしれない」
この会話を偶然近くを通った2人のパート社員が聞いていた。望月と高岡。
望月はロングヘア―、小柄でスリム。普段からミニスカートをよく穿いていて若く見られる。高岡は女性としては比較的背が高くふっくらしたタイプ。2人とも30代主婦である。
「店長、45歳の独身だものね。幸栄さんの事が好きだったのか。高岡さん、知っていた?」
「いや、基本的に店長はみんなに優しいからね。私の予想だけど多分、店長と幸栄さんくっつくわよ。幸栄さんの旦那さん、株に大金注ぎ込んで大きな借金作ったそうじゃない。
家も差し押さえられちゃって、きっと離婚よね。
確かにうちのスーパーは中小企業スーパーマーケットだけど、いちおう店長だし。真面目だし。うん。私の感は当たるから」
それから1カ月後、金河家の前に浩、幸栄、祐衣、祐真、研史、研史の2歳先輩の直江、そして諏訪夫妻。
リサイクル業者のトラック、マルコー赤羽営業所のバンと軽トラック、計3台。
引越し先が狭いので大きな家具や、それほど必要のないものは売る事にした。
お隣の諏訪夫妻はとても寂しそう。特に麻子はひじょうに悲しい表情。
幸栄はリサイクル業者から買取伝票を受け取る。
「どうもありがとうございました。買取金額は2週間以内に振り込みしますから。また何かありましたらよろしくお願いします」
リサイクル業者のトラックは出発する。
住み慣れた家を出ていかなければならない。ひとつの家族が別々に暮らすことになる。
祐衣、祐真はショックを隠せない。
幸栄は浩に一言。
「あなた、それじゃあ」
幸栄・祐衣・祐真は、荷物を積んだバンに乗り込む。運転手は直江。
幸栄は下を向いているが、祐衣・祐真とずっと浩を見ている。そしてバンは出発する。
これからはビルの屋上住居での生活が始まる。
最後の1台は軽トラック。運転席には研史。荷台に載せた荷物は少なし。
研史の運転で浩はマルコー寮に向かう。
浩はこれから寮生活を始める。
数日後、空き家になった金河邸前に車がくる。お隣さん、麻子が気が付く。
車から出てきたのは、運転席からスーツを着た男性。後ろの席から男女2人。夫婦と思われる。
スーツの男性はご夫婦に「こちらの物件です」と説明をする。
麻子は3人を見て
「え、不動産屋さん?」
旦那さん、龍一も金河邸に入っていく3人を見て。
「内見か。お隣はそのうち売れちゃうかもしれないな」
「売れちゃったら金河さん戻ってこられなくなるじゃない。祐衣ちゃんと祐真ちゃんに会えなくなるなんて私は嫌よ。ぜったい嫌」
「そんな事言ったって仕方がないじゃないか。祐衣ちゃん祐真ちゃんは、ここに居たとしてもいずれ結婚して家を出ていくんだから」
「それならいいのよ。結婚して出ていっても、たまには帰ってくるだろうし。将来、子供が出来たら子供も連れてくる。
お母さんになった祐衣ちゃん祐真ちゃんに会えるのすごい楽しみよ。
まったく浩のバカオヤジ!」
悲しそうな顔をする麻子。そして仏壇の前に行く。涙ぐみながら仏壇に向かって話し始める。
「父ちゃん、母ちゃん、ご先祖様、私は今まで一生懸命、真面目に生きてきました。人様の迷惑になる事はしてはならない。それは十分、分かっています。不動産屋さんは今、仕事で来ています。ですが今回はお許しください。人生を全うしてあの世へ行った時、いくらでも罰を受けます」
そして旦那を見て一言。
「あなた、そこの焼酎取って」
「おい、それはダメだ。早まるな」
「何?」
「不動産屋さんを焼酎の瓶で殴るつもりじゃないのか?」
「ばか!人に暴力振るうほど落ちぶれないわ!」
麻子は髪の毛を手で、ちょっとボサボサにする。焼酎・コップを持って家の縁側に座る。
不動産営業マンと内見のご夫婦が金河邸から出てくる。
そして縁側から麻子が話しかける。
「ちょっと、ちょっと。そんなところに車停められるとさぁ、いつもと違うからかネコが来ないんだよね」
「え、ネコですか?」
営業マンはちょっと困惑してしまう。
「私がここで飲んでいるといつもネコが来るの。でも今日は来ない。多分、車があるからよ」
「明るいうちから、お酒ですか」
「何言っているのよ。ここは赤羽よ。お昼から飲める街、それが赤羽よ。
お兄さんも飲む?あ、お兄さんは運転するのね。じゃあ、そこのご夫婦ですか。とりあえず一杯飲みましょうよ」
「行きましょう」
営業マンは、ご夫婦を車に乗せてその場を離れる。
「どうですか。あの物件、気に入りましたか?」
「とても良い物件だと思うんですけど・・・」
旦那さんは難しい表情である。
「やっぱり近所付き合いって大事だと思うんです。あのお隣さんはちょっと・・・」
奥さんも、あのお隣さんはダメだと言う感じである。
「そうですよねぇ・・・」(苦笑い)
結局、そのご夫婦は内見だけにして購入は見送った。
しばらくすると研史のところに吉松家とミートフードサービスの株主優待が届いた。
共に3,000円分のお食事券。
「やっぱり食事券が貰えると嬉しいな。いつでもステーキ、開店したら行かなくちゃな。あ、金河さんのところにも届いているな」
次の日。会社、昼食後の事務所。
「金河さんも吉松家とミートフードの株持っていますよね。お食事券着ましたか?」
「ああ」
浩は吉松家、ミートフードサービスのお食事券、そして封筒を机の引き出しから出した。
「これ、幸栄たちに送ろうかと思って」
「思い切って直接会いに行って渡しちゃいましょうよ」
「いや、俺のせいで家族が別居状態になっちまったんだ。まだ会わせる顔がないよ。
株価もぜんぜん見ていない。もう怖くて見られないよ」
「金河さん、肉ですよ肉!」
研史は、浩の持っている吉松家のお食事券300円券2枚を切り取り浩に渡す。
「吉松家、残りの8枚とミートフードサービス3,000円分は幸栄さんに送りましょう。金河さんも肉食って元気になりましょうよ!」




