9.芦屋梅干
「芦屋の人形遣い……? 現代風の式神……げっ、まさか陰陽寮!?」
自己紹介を聞いた切子から、突拍子もない声が上がる。
何か気になる部分でも……いや待て、陰陽寮? 陰陽寮ってあの陰陽寮?
目をパチクリさせる僕を他所に、梅干は訝しみつつも肯定する。
「せやけど……ウチの所属知っとったん? しかも今『げっ』とかいいよったよな?」
「あっ、それはその、なんというか~」
うわっ、怪しっ。
明らかに雨粒とは違った雫で額を濡らす切子が、まごまごしながら助けを求めてくる。
知らんがな……いや、困っている理由はなんとなく察せるけども。
表舞台を去って久しいとはいえ、七星は千数百年の歴史を持つ祓魔の大家だ。
この業界における暦の長さは、そのまま同業と鎬を削った歴史でもある。正直、祓魔や呪詛、異能の家系は軒並み倫理観がぶっ壊れているので、細部まで紐解けば両成敗な逸話ばかりだが、それはそれ。
当時星の数ほど買った恨みのリストに、陰陽寮が連なっていてもなんらおかしくない……というのが僕の見解である。
ので、どっかで聞きいたような……などと独り言をこぼす梅干の意識を逸らすべく、適当な質問をぶつけてみる。
「ねぇ梅干、陰陽寮ってとっくの昔に解体されたんじゃないの?」
助け舟のつもりで出した質問でも、実際気になるところである。
色々あって、公的な組織としての陰陽寮は既に存在しないのではなかったか。
「せやな。表向きは明治の初頭に廃止されたことになっとる。けど断界やら異形の問題は、何も『大侵食』以降ちゃうからなあ」
梅干は思案気に顎を撫でる。
「なんせ『異能開発薬』なんて便利なシロモノもなかった時代や。湧いてくる異形を退治しようにも、銃火器や刃物じゃ始末におえん。せやから近代化する時代と折り合い悪くても、オカルトの専門家を完全に排斥するのはマズイって政府も分かっとったんやろな」
「つまり裏で、断界に対抗する組織として存続し続けたってこと?」
「そのとおり。今でこそアークから超越者が飛んでくる時代やけど、昔の日本じゃ、ウチら陰陽師がそういう役割を担ってたんやで?」
なるほど、言われてみれば納得だ。
大侵食―――百年以上前に端を発し、今なお世界を蝕む断界の異常発生。
しかしながら断界そのものは、大侵食以前から存在していたとされている。
幻想やモンスター、御伽噺の原料となったモノ。
日本でも魑魅魍魎の逸話など、その手の話は掃いて捨てるほどある。まだオカルトを秘すことが許されていた時代、陰陽師がその受け皿だったいうのは非常に頷ける話だ。
もっとも、外観がメタリック過ぎて、彼女が陰陽寮に所属している件については未だピンと来ないのだが。どう見てもパワードスーツじゃんね? 陰陽師要素は何処へいってしまったの?
「今どきはメタリック陰陽師なんだねぇ……」
「ブハハ! 今度からそう名乗るといいでござるよ梅干殿!」
「アン? 陰陽寮との関係、根掘り葉掘り問いただしてもええんやぞ?」
「お館様~!」
ああもう、せっかく有耶無耶にしたのに自分で蒸し返して。
露骨な嘘泣きを雑にあやしていると、冗談やってと梅干肩を揺らす。
「とはいえ、二人がここに来た経緯くらいは説明してもらうで? 始末書書くにしろ、見ず知らずの魂癒士が颯爽と解決してくれたんです~、じゃ上が納得せんからな」
説明、説明かぁ……あぁ待って、ほっぺを引っ張らないで。
暇になったからか、僕の頬で好き放題遊んでいる竜族の少女にされるがまま、どうしたものか考える。詳細に語れば七星まで話が及ぶ、それは切子の本意ではあるまい。
ので、触れられない部分を避けて要点を纏めればこうなる。
「魂癒士が足りないから力を貸してくれって、〝学園長〟を名乗る人から依頼を受けた。それでいざやって来たら異形化しそうな魂の気配を感じたから、首を突っ込んで今に至る……ってわけ」
「依頼ねぇ―――ってちょい待ち。学園長って、あのシスティア学園長か?」
「そうだよ。もしかしてお知り合い?」
七星山に訪れた彼女は、自らをそう名乗っていた。
やたら師匠が割って入ったので、きちんとした対話は出来ず終いだったが、それでも、涼やかで美しい竜族の女性だったと記憶している。
梅干は大きく頷き、
「知り合いもなにも、超越者でシスティア=ゼノラギアを知らんやつはおらん。今でこそ後進の育成に注力しとるけど、黒竜システィアと言えば英雄の方が通りがええな。大侵食直後の混沌時代を、最前線で駆け抜けた生きる伝説……って、そんなことも知らんで依頼受けたんか?」
し、知りませんでした。
小さくなって頷く僕に、梅干が意味もなく金属の眉間を抑える。
考えてみれば、ウチの師匠や『その他お歴々』を説得できたからこそ、僕はここに立っているのだ。
どうやったか定かでないものの、その時点で常人なわけないよねぇ……と自分の抜けっぷりに顔が熱くなる。
「……そか。所属不明の魂癒士を見つけた時はどないしよ思ったけど、システィア様の縁故なら安心やな。あの人なら妙な連中への後ろ盾としても申し分ないやろ」
……どうやら内情を聞くのは建前で、心配してくれていたらしい。
実際梅干は決まり悪そうに首を巡らせ、斜め上を見ながら独り言のように嘯く。
「なんや事情があるなら陰陽寮で保護したろ思ったけど、その必要もなさそうやな」
「そうじゃなくても拙者がいるんだから余計なお世話でござるよ~だ」
「よく言うわウチとあいこやったくせに―――ん゛あ゛あ゛無言で揺らすなや、分かっとるわ、加減しとったんやろ!? 誰も本気にしとらんわアホ!」
もしかしてキミら相性いい?
そんな感想を抱きつつ小競り合いを眺めていたら―――視界の端で不意に光が瞬いた。
「なんだろあれ……」
錯覚かと思ったが間違いない。
星すら見えない夜陰の向こう、トリニティの方角で青い光がチカチカと明滅している。一つ、いや二つ。光はかなりの速度で接近しているようで、あっという間に明滅がハッキリとした輝きへと切り替わる。
「おっ、噂をすればシスティア様からのメッセージやな」
「メッセージって―――うわっ!?」
言い切るを待たず、飛来してきた発光体が眼前で急停止する。
青白く輝くそれは、嘴から羽に至るまで氷で出来た美しい鳥だった。思わず見惚れていた矢先、その透明な爪先から書簡らしき物がポトリと落とされる。慌てて受け取れば、氷鳥は一仕事終えたとばかりに地へ降り、傘の内で羽を畳んだ。
イケてる……! 氷の鳥めちゃくちゃカッコイイ……触ったら駄目? 溶けちゃう? というかペットにならない? こう見えて僕、飼い主としては結構甲斐性ある方だと思うんですけど。
「切子、鳥のエサって持ってたりする?」
「ほいほい、ご用意してるでござるよ」
「でかした。ほらお食べ……ふふ、今日からキミはホークくんだ」
「いやホークくんちゃうねんどう見てもフクロウ系統やろ? てかなんで鳥のエサパッと出てきよんねん、どういう方向で何を備えとんねん、あかんツッコミが追いつかん……っ!」
てんてこ舞いで煙を吹いている梅干曰く、これらは創造魔法なる魔法の創造物で、制作時に組み込まれた命令に従っているだけで生物ではないとのこと。当然ペットになってくれるはずもなく、手に乗せたエサを見事にスルーされた僕は肩を落とす。
「ホークくん……つめたい」
「氷だけにな、ってやかましいわ―――うん、こっちの事情は把握されとるみたいやな」
もう一羽から受け取った書簡に目を通して、梅干が頷く。
「システィア様から裁定者機関に便宜図ってくれるんは正直助かるな……ウチ一人で説得するよりよっぽど早く終わりそうや。そっちはなんて?」
僕も見習って手持ちの書簡を紐解き、内容をざっくり確認する。
「お手柄だってさ。それと、治療した少女も連れて会いに来るようにって」
およそ見ていたとしか思えない文面に、思わず周囲を見渡してしまう。
それらしい気配は感じられず……しかし氷の鳥を見た後だ。魔法やらでどうとでもなるのだろうと納得して、足元で小首を傾げる氷鳥と目を見合わせる。
「よし、ほな嬢ちゃんはそっちに任せるわ。ウチはこっからいろんなトコに話通さなあかん。それで振り回すのも忍びないからな」
僕に否はないので快諾する。
さっきまで僕の頬をこねていた少女は、今は首に腕を回してすっかり船を漕いでいた。もとより脅威につられて覚醒しただけだ。これでも鍛えているので、少女一人背負う程度はものの数にも入らない。
一旦姿勢を整え、少女を背負って立ち上がる。
「じゃあ、梅干とはここでお別れ?」
「せやな。途中まで送ってあげたいんは山々やけど……ハァ、こうしてる今も五月蝿い連中からの連絡が鳴り止まん。これ以上引っ張って面倒を呼び寄せてもつまらんからな」
パワードスーツの内側で通知でも鳴っているのか、耳の辺りを指で叩いて梅干は嘆息する。
残念だけど仕方ない。マジな話、今から闖入者のおかわりは普通に死ねる。全員疲労困憊だ―――その筆頭であるはずの切子は何故かつらっとした表情で、ヒラヒラ手など振っているが。
「一人寂しく帰るでござるよ。ほぅれ、お土産に鳥のエサ」
「いらんわ!! 最後まで口の減らん……ほな、ご機嫌うるわしゅう。あっ夜片クン、これウチの連絡先、デバイスに入れとくからな。また会おな! 次会う時はオネーサンが美味いチャーシューメン奢ったるから!」
「鬼は外ッ! 鬼は外ッ!!」
鳥のエサを豆まきよろしくぶつける―――その瞬間にはもう、梅干は露のようにその場から姿を消していた。強大な魂の気配もすっかり薄れ、彼女が立っていた場所には細い雨だけが振っている。
「なんかどっと疲れた……マジのやり取りにならなくて良かったね」
「同感で……いやいや無論、本気でやったら負けないでござるけどね?」
「はいはい……切子ちゃんが優勝だよ」
正味、ふざけている最中も、梅干とこちらの導線を潰すように立ち回っていたのは切子だ。不殺のオーダーも相まって、一番神経をすり減らしたのは間違いなく彼女だろう。
「ほら、影に入って休んでな。後は二人とも僕が運ぶから」
「申し訳ないけど甘えさせてもらうでござる……どぅわ~、勝手知ったるお館様の影、溶ける~」
リアクションが完全に温泉に浸かったおっさんだ。人の影がそんなにいいものかね? 程なく頭まで沈みきり、一度切れていたパスの感覚が復活する。
(ふぁ……拙者もおねむでござる。何かあれば起きてくるので、お構いなく)
(あいよ。おやすみ)
(おやすみなさいでござる……)
はやっ、もう寝たか。寝息も聞こえないが、切子はもともと死んだように眠るタイプなので気にしない。その点、少女は分かりやすく夢の中だ。ふぴぴ、と首筋を掠める鼻息をくすぐったく感じながら、起こさないよう軽く背負い直す。
「んじゃ出発しようかね……ってあれ、何処に向かえば?」
書簡には待ち合わせ場所は書いていなかった。
どうしたものかと悩むのもつかの間、それまで無聊に固まっていた氷鳥が涼しげに羽ばたいて、僕の眼の前を先導する。
「もしかして、キミが学園長のところまで案内してくれるの?」
氷鳥はキラキラと明滅し、見事な一回転を披露してくれる。
オーケー、肯定と受け取ろう。それと、やっぱり僕のペットになる気はない? ないか~そっか~。
余計な質問には振り向きもしない案内人に苦笑しつつ、僕は弱まってきた雨の中、傘をくるりと回してトリニティへ歩き出した。




