7.裁定者機関
一瞬にして、状況が目まぐるしく動く。
まずは銀騎士の気配に当てられたのか、気絶していた竜族の少女が覚醒した。
「ぐえ、ちょっと!?」
いきなり後ろへ引っ張られた僕は、少女の方向へ思いっきり尻もちをついてしまう。
「ヴ、ゥウ……!」
いてて、と目を開けば、僕を守るように背後から抱きしめる少女が、肩越しに銀騎士へ唸り声を上げていた。黄金の瞳は胡乱気に錯綜しており、およそ正気とは思えない。僕を引き倒したのも本能的なもので、理性による判断ではなさそうだ。
それを確認した銀騎士が警戒を見せると同時、
「うぁ~、申し訳ないお館様。殺さないで止めるのは無理でござった!」
「いや、グッジョブ。お陰でこっちの治療は間に合ったよ」
吹き飛んだはずの切子が闇より這い出し、何事もなかったように僕の隣に並んだのを見て、さしもの銀騎士も動きを止める。
「マジか……結構イイの入れたと思ったんやけど。嬢ちゃんバケモンやないの」
聞こえてくるのは、男性とも女性ともつかない機械音声。
人工的でありながら人間臭い哀愁を漂わせるその台詞に、切子はムスっとして言い返す。
「そっくりお返しするでござるよ人形遣い殿。こんな美少女のお腹に好き放題穴開けてくれちゃって」
「ハ、人聞き悪いわ。どうせ『本体』に当たったのは最後の一発だけやろ? ウチの人形は現物ぽこじゃか壊されたっちゅうに……ほんま割に合わん喧嘩させられたわ」
フルフェイスで表情こそ伺えないが、煤けた雰囲気から察するに足止めは効果的だったようだ。
一方の切子も楽な仕事ではなかったようで、表向きは飄々としつつ、魂には消耗が伺える。
(とんでもないな……)
切子の強さを知る身として、冷や汗を禁じ得ない。
相手を殺さないようオーダーしたのは確かだ。されど、一般人を巻き込む市街戦で本気を出せなかったのは相手も同じはず。
苦戦するとは聞いていたものの、いざ本人を前にすればむべなるかな。魂の格は言うに及ばず、立ち姿にまるで隙がない。異能のみを縁としない、百戦錬磨の圧がそこにはあった。
「にしても……想定外やなぁ」
銀騎士―――切子の言葉を借りてナインスと呼ぶが―――ナインスが顎に手を当て、しげしげとこちらを観察する。より正確には僕を通り越して、今も殺気立つ竜族の少女を推し量っているようだった。
「魂が安定化しとる……ウチの見立てが間違ってた? いや、これでもギリまで粘っての判断や、嬢ちゃんの異形化が今日だったのは間違いない。それを延命したんは―――キミか? 少年」
意識のフォーカスが少女から僕へと移行した、その瞬間。
背後で威嚇の唸り声を上げるだけだった少女に、激甚な変化が現れる。
僕の首に回された腕がメキメキと音を鳴らし、全く別の存在へと変貌していく。細く柔らかかったそれは一回り、二回りと膨れ上がりながら、籠手の留め金を力強く弾き飛ばし―――一連の変化を終えた頃には白い長毛に覆われた竜の腕が、銀騎士の視線から僕を遮るように交差していた。
(まさか、竜化の秘技ってやつか……!)
アークで仕事するにあたり、種族ごとの特徴は師匠から叩き込まれている。竜化の秘技は竜族にのみ宿る異能で、曰く、肉体を竜へ変化させることで一時的に絶大な力を行使できるのだとか。
しかし、魂癒士としては看過できない。魂の治癒包帯の内側で再び始まった魂の活性化に、血の気が引く思いで竜化した腕を引っ張る。
「何してんの、まだ安静にしないとダメ! 今度こそ本当に戻れなくなっちゃうよ!」
「グ……ヴォアアッ!!」
駄目だ、明らかに正気ではない。
この状況をナインスがどう判断するかは分からないが、最悪『やりあう』可能性を念頭に置く必要がある。
大前提として、竜化の秘技には頼れない。
次に僕だが、切子でも苦戦する相手では残念ながら足手まといだ。魂癒士の本分はあくまでも支援。戦いに特化した超越者との差は如何ともし難い。真っ向勝負を避け、逃げ足を活かせる場面まで持っていければあるいは。
最後に、僕の真横で油断なく構える切子。
紛れもなく生命線だが……彼女とて万全ではない。もう一度戦闘を任せるなら、次は本気で送り出す必要があるだろう。その間に僕が少女を抱えて距離を稼ぎ、落ち着かせてから改めて話し合いの場を設ける。誰も死ななければ、という希望的観測で成り立ったプランだが、他に妙案も思いつかない。
切子と影で繋がっていない現状、ターミナルでやっていたような思考を直接伝える真似はできない。それでも、
「切子」
「お任せにござる」
コール一つで可憐にウインクを決めてくる辺り、腐れ縁の面目躍如だ。
一連の思考に要した時間は数秒足らず。僅かに腰を浮かせ、いつでも離脱できるよう全神経を張り巡らせる。
この場にいる誰もが緊張し、無言の刻が訪れる。取り落としていた傘だけが空気を読まず、雨粒を受けて騒々しく騒ぐ。
スローに感じられる時間の中、どれほどそうしていただろうか。
歯の隙間から細い息を吐き出し、緊張の糸がいよいよ限界を迎えそうになったタイミングで―――僕に向けられていたナインスの意識が、ふっと緩むのを感じた。
「ぷはっ!?」
「……へぇ?」
「ヴゥ?」
いきなり空気が弛緩したことで、僕ら三人は各々に困惑の声を漏らす。
半端ですが、長くなりそうなのでいったん切ります。




