3.悪事働くべからず
「……ぬるっと通れちゃった」
切子の案内で、入国審査ならぬ入界審査を受けた後。
ターミナルの出口へ向かう僕は、あんなにあっさりで大丈夫? と訝しげに検問所を振り返る。
ボディーチェックなし、荷物の検査もなし。
切子と併せて二人分の学生証をスキャンした後、「ご協力ありがとうございました」の一言を頂戴して、あれよと言う間にゲートの外側に送り出された次第である。
これが当たり前なのかといえば、そうでもないようで。
別レーンで行われている保安検査は、想像通りの厳しさだった。検問所も広大なフロアを横断する規模で開かれているが、それでも回転が追いつかず、手前は審査待ちの人々でごった返している。
(いいのかな……実は手違いで、後で怒られたりしない?)
(いやいや、この手の審査をスキップできるのはアークに務める超越者の数少ない利点。気に病む必要なんてないでござるよ)
(そなの?)
(うむり。なんせ断界の発生に際してあらゆる世界へ駆けつける仕事でござるからな。転移イコール緊急事態なんてザラ、一日で複数の世界を反復横跳びするのも日常茶飯事でござる。そういう事情を汲んで、アークに所属する超越者はどの世界でも、審査が実質免除されてるんでござるよ)
超越者を足止めして、断界が成長でもしたら責任取れないでござるからね~と、縁起でもない台詞で切子が注釈をつける。
ここで言う超越者とは、読んで字の如くヒトを超えた存在。
全世界共通の厄災である『断界』と、そこから発生する『異形』に立ち向かう、現代の異能使いである。
僕らが楽に入界審査をパスできたのも、学生証が超越者の身分を証明してくれたからというわけだ。もっとも僕の場合、厳密には超越者でないけれど……個別に呼び止められなかった辺り、扱いは一般的な超越者と変わらないらしい。
(なるほど。でもそれって……)
(何か気になることでも?)
(ん、誰にも咎められないなら、悪いことできそうだな~って)
複数の世界を行き来できるようになった昨今、各世界から持ち出せない禁制品はそれこそ星の数ほど存在する――アークへ渡界するにあたり、その辺りは勉強させてもらった。
生態系への影響がある動植物や、薬物、一部特殊な鉱石、果てには特定種族のみが好んで食べる有毒な食品エトセトラ、その項目は多岐にわたる。
アークの審査が厳しいのも、ここが人界、竜界、魔界に繋がる渡界の玄関口だからだ。一部の例外を除いて、世界から世界へ渡るには必ずアークを経由する必要がある。つまりアークとは世界物流の要衝であり、同時に異物が侵入するのを未然に防ぐ防疫機構の役割も果たしているわけだ。
しかし、禁止されたものほど魅力的に映るのは、どの世界も同じようで―――あの手この手で禁制品を持ち込もうとする不届者は、種族を問わず後を経たないと聞く。各世界の裏社会が関わっているパターンもあり、色々と根深い問題らしいが、さて。
つまり、所持品を検められない超越者ならば、あるいは禁制品を捌いて一財産築くのも容易なのでは? と思った次第。
ひとしきり予想を聞いた切子はケラケラと笑って、
(可能か不可能かの二択なら、実際可能でござるよ。もっとも、マトモな超越者ならまずやらんでござろうが)
小銭稼ぎで死神を呼ぶ馬鹿はいない―――脅しじみた言葉に、思わず背筋がピンと伸びる。いや? 思い付いただけだし。まだ悪いことしたわけじゃないし……おやつに持ってきたポテチと羊羹って、禁制品に入ってたりしない?
(ぬふふ、怖いなら拙者が処理するでござるよ?)
(待ってオチが読めた、食べて処理した~とか言うつもりだろ! 袋明ける音が聞こえるんだけど、ねぇ!)
いいけどさ……もともと二人で食べるつもりだったし。でも半分は残しておいてね……? と念押ししつつ、話を続ける。
(死神って……警察の暗喩みたいな?)
(むや、一般人じゃ超越者の相手は務まらないでござるからね。目には目を、超越者には超越者を。ってことで、超越者だけで構成された裁定者組織って特殊治安部隊が存在するでござるよ。連中とやり合うなら、拙者でもちょっぴり苦戦するでござろうな)
……マジで? その寸評は僕の物差しだとかなりの高評価なんだけど。
師匠は別格として、切子も七星でトップクラスの実力者だ。そんな彼女をもってして苦戦する超越者が、複数人から所属する治安部隊。うん、改めて悪いことなんてするもんじゃない、間違っても呼び寄せていい存在じゃない。
(裁定者組織ね……仕事中に出くわしませんように)
(心配御無用。全うに生きていればまず縁のない連中でござるよ。今回の依頼はクリーンでござるし、よほどの事がなければ蜂合わないでござる)
(うーん……確かに、気にするだけ無駄な話かも)
将来的に悪事を働く予定もなし、僕のような小市民とは無縁に違いない。と、そんな会話をしている間に結構な距離を稼いでいたらしい。向かう先に巨大な建物に相応しい威容の出口が見えてきて、僕はほっと一息つく。
(やっと出口か。なんだか不思議な香りがするね)
開放的な出入り口から、外気が流れ込んでいるようだ。
空調の効いた空気をかき混ぜるように、湿り気を帯びた夜風が雑多な香りを運んでくる。真夜中にも関わらず、人の往来が途絶える気配がないのは流石大都市というべきか。
遠目で伺える外の広場は、客がいるなら休まないとばかりに、営業中の露店や屋台がひしめきあっている。ザワザワと鳴る雑踏につられて、僕のテンションも鰻登りだ。
(楽しそうでござるね?)
(まぁね)
(買食いとかしたり?)
(……しない。仕事だから)
(ちぇー、お硬いでござるなぁ)
ただでさえ押してるんだから誘惑するんじゃないよと釘を刺し、僕らはターミナルを後に広場へ紛れるのだった。
……ちなみに、出てすぐの露店で売っていたトリニティキャンディなる菓子は、ごちゃまぜでよく分からない味だったのをここに記しておく。
はぁ、我ながら貧弱な自制心に、涙がちょちょぎれるね。




