2.ようこそアークへ
「ふぃ~到着。なんだかどっと疲れた……っと」
七星山から転移門をくぐり、転移の酩酊感に眉を顰めたのもつかの間。
指定通りの大規模転移門から吐き出された僕は、つんのめるように目的の世界へ足を踏み出した。
「ここが、人造世界アーク……」
転移直後でしょぼつく目を見開けば、広大なエントランスを大河のように流れていくヒト、ヒト、ヒト。
中には宝石のような角を持つ竜族や、液体の身体で器用に混雑をすり抜ける魔族らしき姿も混じっている。まさしく、世界の垣根を超えた種族のサラダボウルと言った具合。
狭い世界で生きてきた僕にとって、それは思わず飛び込みたくなるほど魅力的な光景だった。
「……いや冷静になろう。僕みたいなチビがあれに飲み込まれたら絶対自力じゃ脱出できない……けど、いいね。活気があって、未知に溢れてる」
実は出発前からトラブル続きでくたびれていたのだが、この光景を見られただけで、その甲斐はあったというものだ。遠い世界にきた実感がじんわりと熱を持ち、自然と口角が上がる―――も、いかんいかんと慌てて両頬を揉みほぐす。
「遊びで来たんじゃないんだから、ちゃんとしないと」
人流に巻き込まれないよう壁際まで移動し、改めて気合を入れなおす。
今回の旅はいわば出張のようなもの。好奇心赴くまま、勝手にぶらつく訳にはいかないのである。
差し当たってクライアントに会いに行くのが先決だが、
「切子? 切子ってば。……はぁ、今こそ案内役の出番なのに」
小声で呼びかけてみるも、案の定返答はなし。
事前に案内役を買って出ていたとある少女に、思わずため息をついてしまう。
気配は感じるので、いるのは間違いないのだけども。
思えば昨夜辺りから声を聞いていない……これまでの付き合いから察するに、十中八九眠りこけているのだろう。人の気も知らないであのニンジャめ。
ともあれ初見の世界、一人で目的地まで辿り着けるとは到底思えない。
仕方なく起きるまで時間を潰そうと壁に寄りかかった途端……噂をすれば影か。
床に映った僕の影が不自然に揺らめいて、馴染みのある寝ぼけ声が頭に直接響いてくる。
(あぇ……もう朝でござるか?)
(おはようねぼすけ、とっくにお昼過ぎだよ。まぁ、向こうとは時差があるから、実質的には真夜中だけど)
(夜……? じゃねなおすでござる。むにゃ)
(おい待て二度寝すんな職務怠慢ガール。てか頼むから起きて切子。そっちは知らないだろうけど、こっちは七星山を出るだけで大変だったんだから)
人界に属する七星山と、アークの首都であるトリニティには半日ほどの時差が存在する。
それもあって、クライアントからは好きな時間に来ても良いと言われてはいた……が、わざわざ非常識な時間に向かうものでなし。余裕を持って早朝には出発しようと、準備を進めていたのに。
諸事情で七星山に残る羽目になった僕の師匠が、直前になって大荒れした。
やれ『忘れ物はないか?』だの『おなかいたい』だの『やっぱり行くな』だの……半泣きでゴネる彼女をなんとか宥めすかし、やっとの思いで七星山を発ったのが正午のこと。
クライアントから送付された、ブレスレット型の学生証を起動してみれば、表示された時刻はトリニティにアジャストされた深夜零時過ぎと来たもんだ。
眺めても眇めても変わらない真夜中の表示をウィンドウごと振り払い、まるっと眠りこけていた切子にコノヤロウと恨み節をぶつける。
(やっぱり。絶対そうなると思ったから寝てやり過ごしたでござる。切子ちゃん賢いでござるね~)
(確信犯かよクソったれ……! だったら説得手伝ってくれてもよかったよねぇ!)
しかし切子はチッチッ、と芝居がかった舌打ちを披露して、
(お館様のお付きに選ばれた拙者が、何を言っても火に油。むしろ下手に口出しすれば、出立がもう一週間は遅れたでござろうな)
(………………そうかな? ……そうかも)
普通に否定できん。くやしい……ちなみに色々言ったものの、僕は師匠大好きっ子である。
七星山に流れ着き、何者でもなかった僕を育ててくれた大恩人の一人。
生き方も、人道も、戦い方も。今の僕は彼女の教えを基に形成されたと言っていい。
ただその、普段はカラッとしている割に愛情深いお方というか。寂しいとか悲しいがめっちゃ顔に出るんだよなぁ師匠。昨日まで一人で生きていけるってスンとしてたじゃないですか。なんで出発直前になって捨てられる犬みたいな顔で出待ちしてるんですか師匠。
僕が拾われて早数年、素知らぬ顔で注いでくる愛情は天井を知らず、弟子離れする気配も今のところ感じられない。心を鬼にして別れてきたが、願わくば今回の件が適切な距離感に繋がるよう祈るばかりである。
(お館様に甘いだけで、本性は山姥大魔王でござるけどね。拙者なんて毎日叱られてばっかり。たんこぶが治る前に次のたんこぶ、やんなっちゃうでござる)
(日頃の行いって言葉に覚えは?)
(拙者のような品行方正美少女くのいちには無縁の言葉かと)
(ほーん。……今度からもう、怒られてても庇ってあげないからね)
えっ!? それとこれとは話が別ですやん、へへ……と三下ごっこをする切子に呆れつつ、壁から背を離して伸びを一つ。案内役も目覚めたことだし、ボチボチ向かうとしよう。時間が時間だし、迷惑に思われないといいのだが。
(ほいじゃ、まずは検問でござるな。こっちでござるよ~)
(あいよ)
そんなこんなで、姿の見えない案内役を頼りに、僕の出張は本格的にスタートした。




