18.初日の朝
寮生活初日を終え、翌日の朝。
封印された不抜を携え、エントランスをこそこそ歩いていた僕は、待ち構えていた切子にあっけなく捕獲されてしまった。今はエントランス奥の談話室で、両頬を挟まれ宙に浮いている状況である。
「お館様?」
「ふぁい」
「不抜関連で問題があれば、すぐ拙者に報告する。そういう話でござったよね?」
「ふみまへん」
しょうがないじゃんッ! 友達と遊ぶのが楽しかったんですッ! 夢中になってたら忘れちゃったんですッ!―――なんて言い訳が通用するはずもないので、あたかも神妙な面で謝る僕である。
ちなみについてきてくれたラナは、隣で絶賛苦笑中。暫しそうやって、頬を伸ばされたり潰されたりを繰り返した後、しょぼくれた僕をそっと下ろした切子がラナへと薄い笑みを向ける。
「ま、お叱りは一旦置いておくとして。ラナハイン殿でござるね?」
「はは、殿なんて呼ばれるほど上等なモンじゃないさ。ヨヒからアンタの話は聞いてるよ、よろしくな」
僕を挟んで握手する二人。
どちらも微笑みを浮かべて……うん? なんかピリピリしているような。ミシ、と握られた手から軋むような音が鳴り、黒と蒼の瞳が互いの内面を探るように交錯する。どちらも表面上は笑みを保ちつつ、眼だけはまるで笑っていない。
「うーん。面倒なのと友人になったでござるなぁ、お館様」
「こっちの台詞だぜマジで……エラいのに取り憑かれてんなぁ、ヨヒ」
切子、せっかくの友達になんて事を……と思うも、ラナの言い分も似たりよったりだ。どういう理由か初対面からバチバチの二人にハラハラしながら、とりあえず仲裁に取り掛かる。
「できれば、二人とも仲良くしてほしいんだけど……どう?」
無理強いはしない。けれど、何事もなければ三年は顔を突き合わせる間柄だ。ギスギスした空気で過ごすよりは……と手を合わせる僕に、先程と違うニュアンスで顔を見合わせた二人は、鏡合わせのように溜息を吐く。
「お館様からそんな風にお願いされたら……しゃーなしでござるなぁ」
「別に喧嘩してたわけじゃねぇって……はぁ、友達の友達は友達。ってコトにしとくか? 切子ちゃんよ」
「で、ござるな。そうだ、昨日はお館様を助けてくれたんでござるよね?」
「良いさ。封印だって有り合わせの触媒で済ませた適当なモンだからな」
切子の感謝に、気にすんなよとウインクを返すラナ。ははぁ、やっぱり様になっているなぁ。ん、拙者はお館様一筋でござるよって? へいへい、ありがとうごぜーますよ。
二人で下らない小芝居を挟みつつ、不抜を影に沈めていく。
昨日のアレが例外なだけで、影の中に安置されている限りそうそう飛び出してくるモノではない。切子曰くラナの施した封印も大したものであるらしく、よほどの事がなければ暫くは大人しくしているだろうとの事。
不抜が最後まで沈み切るのを見送って、何となく三人同時、止めていた息をふぅと吐き出した。安心した途端に空腹を実感して、制服の上からお腹をそっと抑える。
「朝ごはんが食べたいな~」
「切子ちゃんもお腹ペコペコでござる!」
「食いしん坊かよお前ら……。ここの朝食はバイキング形式だぜ。あっちが食堂だ。まだ時間あるし、好きなもん持ってきてこっちで食おうぜ、って―――うおおっ!?」
バイキングだって!! と切子とキャッキャしていたら、ラナが幽霊でも見たような顔で僕らの背後を指さす。どうしたのさ、こんな朝っぱらからお化けも何も―――ってうおおっ!?
「あ~、やっぱり来ちゃったでござるか……」
切子の言う来ちゃったの正体。僕の背後でじっとりとした暗雲を纏って佇んでいたのは、リフィル=コーレットその人だった。一体何があったんだ、尻尾からキノコが生えてきそうなレベルでジメジメしょぼしょぼしている。
というか、談話室全体が俄に騒がしいような。
「リフィル、大丈夫……? というか、なんだか皆こっち見てる気がするんだけど」
「そりゃそうだ……『赫雨の姫騎士』なんてクソが付くレベルの有名人だぞ。最近は異形化の兆候が出てるって話もあったんだが」
ボソボソとラナが耳打ちしてくる。
かくうのひめきし? えっ、リフィル、そんなカッコイイ二つ名みたいなの貰ってるの!? あとラナ、それ治したの僕だよ。昨日魂癒士だって教えたじゃん?
「魂癒士としか聞いてねぇよっ! ……はぁ、道理で人前に出てきてるワケだ。ヨヒ、昨日の話じゃねぇけど、それも大声じゃ言わないほうが良い。リフィル先輩、この見た目で二級相当の強さだろ? 馬鹿ほど人気あるんだよこのヒト……変なやっかみに巻き込まれたくなかったら伏せといた方が無難だ」
なるほど? 睨んでくる眼にやたら男が多いと思ったらそういう話か。任せてほしい、僕が波風立てないパーフェクトコミュニケーションってやつを見せてやるぜ。
「パイセン、ちょっと近いかも。……ほら、男女間の適当な距離というか」
「ヒック……ひっく……」
「はい嘘でーす!」
泣かせちゃったよ、どだい異性経験足りてない僕に、ウィットに富んだ会話なんて無理だったんだよなぁ!? 拙者での経験はって? お前なんてウソ泣きばっかだし、ケツ引っ叩いて終わりだろ、いい加減にしろ!
「で、本当にどうしたのさ。担当の魂癒士さんに教えてみ?」
「……いっしょに学園生活がしたい」
ぽつりと呟いて、制服の胸元を握る姿は大変可愛らしい。しかし……うむ。モード調で品のある制服を確認すれば、刺繍されたエンブレムは青枠。対して、僕ら三人の制服のエンブレムは赤枠である。
「………………なるほど?」
「リフィル先輩って二年だよな。無理じゃね? どういう話だコレ?」
「バカラナ、女心はメンドーでフクザツなんでござる。はぁ、昨日自分だけ一緒じゃないって気付いてから、ずっとこの調子で……見送りに来ても傷口が開くだけだから止めとけって言ったのに」
「……夜片、お願いだ。飛び級してくれ」
パイセン、僕にも出来ることと出来ないことっつーのがあるのよ? 魂が癒せるだけで、後はそこらの男子とそんなに……いかん、涙がもう決壊しそうだ。わかったもう正論は言わない、けど無理なもんは無理っすよ……?
「なら、わたしが留年する」
「……ちな、どうやって?」
「そ、それは……なんか、悪いこととかして?」
あー無理。それは無理っす先輩。
隣の切子ちゃんも首がもげる勢いで否定しているではないか。誰しも向き不向きがあるのだ、交流した時間は短くても、彼女が生真面目なのは確定的に明らかだ。ほら、大人しく陽の光の下を歩いてくださいパイセン。つか、留年したところで年次が下がるワケじゃないんだから、根本的解決には至らないですよ?
…………大ショックだったらしい。
八方塞がりだ……とソファで丸まったリフィルに、より鋭くなった男たちの視線がグサグサと突き刺さる。ええい、だったらキミらが丸く収めてみんかいっ!? 因みに女子たちの視線も混ざっているが、そのほとんどはラナに向けられたものだ。くそったれ、ブラックホールかお前は。僕だけ損してるでしょーが!
その後、三人がバイキングから持ってきた朝食を代わる代わる捧げることで、なんとかリフィルのメンタルは回復。僕と切子を隣に侍らせた彼女はご満悦で、今はパンをもくもくと食べている。
「いやはや、『赫雨の姫騎士』サマにも、人間らしいとこあんだなぁ」
「お、お恥ずかしいところを……あとラナハイン君、その二つ名は頼むから止めてくれ。羞恥心で死んでしまう」
「えぇ!? カッコイイじゃん!」
「そうでござるよ姫騎士殿……ぶほほ」
「夜片はともかく、キミは馬鹿にしているだろう切子!?」
おお、なんだか感動。じゃれ合っているのを見るに、女子組は女子組で上手くやれているらしい。
ほっと一息ついて、僕も自分用に持ってきた料理を口に運ぶ。ん、美味い。リックやラナの手作りには及ばずとも、寮生全員を賄っていることを考えれば十分過ぎる出来だ。
むしろこれについては、身の回りの男連中がハイスペック過ぎる。なんだよレストランオーナーに売り物になるレベルのパンケーキって。僕なんて野草を炒める程度が精々なのに。
そんなラナは朝からガッツリ肉を頬張りつつ、時折勇気を持って話しかけてくる女生徒を笑ってあしらっていた。へーっへーっ、イケメン高身長はいいっすね! 僕に話しかけてくる女の子はいないっすけどね!
「んだよ、ヨヒだっていい線いってると思うぜ? 魔界でも可愛い系は需要あっからな」
「もぐ、分かってるではござらんか。実際めっちゃ癒し系でござるからなお館様は。面倒でくたびれてる女ホイホイでござる」
「明らかに一言余計なんだよねぇ!?」
「わ、私だってキミは魅力的だと……はっ、もしや私の見ていない所で、新しい美少女と出会ってくるんじゃ? それで、私みたいな一年違いで、出番の少ない女は、影が薄くなっていくんだ……」
えぇ!? せっかく落ち着いてたのに、どうしてそうなるのかね!? 結局、話題を振った者の責任としてリフィルを必死にあやしつつ―――僕らが寮から出るのは、かなりギリギリの時間になるのだった。
そしてこの数時間後……リフィルの予言は前半のみ、あまり望ましくない形で実現することとなる。




