17.熾火の手を握る
ものを燃やす異臭が、鼻の奥をツンと突く。
「ほう……」
教室の隅。椅子に座って震える少女を背に、僕はとある男と対峙していた。170後半はあろうかという上背に、純度の高い紅玉色の双角。燃えるような赤髪の下では、如何にも自信家であるといった皮肉っぽい笑みが浮かんでいる。
尊大な態度を隠そうともしないそいつが、机に手を乗せると―――真紅の鱗が指先からバリバリと励起し、天板が木目に沿って煙を上げながら焦げ付いていく。
竜化の秘技……かつてのリフィルよろしく腕だけの竜化だが、それでも肺が焼けるような熱気だ。初対面でカロン=バルバードと名乗った男は、二回り以上小さい僕を悠然と見下して問う。
「貴様、そこに立つ意味は、理解っているのだろうな?」
放つ熱気とは裏腹に、低く冷徹な声。それは僕を通り越し、震えっぱなしになっている少女をビクリと打ち据える。つくづく嫌な男だ。眼の前で机を燃やす行為にしろ、腹の底に響く恫喝にしろ、どうすれば相手が萎縮するかを理解してやっている。
加えて、僕らの周囲は彼の取り巻きに固められ、逃げ出すことも叶わない。まぁ、この期に及んで逃げ出そうとは思っていないが。隣のラナハインと切子にも、手は出さないよう伝えてある。ハッキリ言って無駄な時間、結論の分かりきった下らないデモンストレーションだ。睨め上げる僕の視線を軽く受け流し、カロンはせせら笑う。
「後ろのソレはゴミだ、廃棄寸前のな。貴様らが如何に水をやろうが、肥料を撒こうが、死んだ苗から何が芽吹くこともない」
少女に掴まれた制服の背から、強い震えが伝わる。
「貴様のような猿でも分かるだろう。そこのゴミと、いずれ火竜の王へ至るこの己。どちらに与して利があるかなど、まさしく火を見るより明らかというもの」
そこまで言い切ってカロンは、寸前まで机を焼いていた竜腕を眼の前に差し出してきた。
握手のジェスチャーには、言外の意が込められている。今なら火傷一つで手打ちにしてやろうと。己が軍門に下りさえすれば、これまでの無礼を許してやろうと。
「己の手を取れ魂癒士。猿にしては稀有な能力、そこの下賤にくれてやるには惜しい」
振り向くと、制服を握り込んだ少女の手は、まるで祈らんばかりで―――それでも僕と目が合った途端、真っ青な顔で「えへへ」と笑って、哀しげに指先を丸めた。もう、僕を引き止めるものはない。
誰も、何もだ。
「ま、仰る通りかね……」
こちらの呟きに、カロンがほくそ笑む。火傷一つなら安いものだと、火の粉を散らす竜腕へ手を差し伸べながら―――はて、なぜ入学初日からこうも複雑な状況に陥ったのかと、僕は朝から続く一連の騒動に思いを馳せるのだった。
新章の導入なので短めです。




