16.一方その頃……
夜片とエントランスホールで別れ、切子を女子寮の自室に案内した後。
足音も立てず室内を散策しだした彼女に断りを入れ、リフィルはシャワーを浴びていた。
「ふぅ……さっぱりした」
タオルドライで誤魔化していたが、雨に打たれたり地面に倒れ込んだりで、ずっと前から色々と気になっていたリフィルである。彼に臭いと思われていなかっただろうか……と、後の祭りでモヤモヤしつつ、軽く身体を拭いて脱衣所へ。
髪を乾かしてから、下着とシャツだけのラフな格好になる。鏡をチラ見して僅かに懊悩、からの女同士だし別にいいかと己を納得させる。何より下をしっかり履くと、この後に待ち構える尻尾のケアが面倒なのだ。
「切子、上がったぞ。よかったらキミも……うん?」
尻尾のケアグッズが入ったポーチを抱えて部屋に戻ると、やや難しい表情をした切子が、分厚い書類を片手にソファへ身を預けていた。
システィアが気を利かせ、同室となった少女。
自分を救ってくれた恩人の護衛にして、今一番気になっているヒトに、一番近いヒト。
改めて見ると、人形じみたその美貌に気後れしてしまうリフィルである。
背中まである漆黒のセミロング。くりっと愛嬌のある造形でありながら、一切の光を飲み込んで反射しない大きな黒目。そしてその全てと対比するように真白い、血管の透けた白磁の肌。
それら全てが奇跡的なバランスで調和し、まさしく引力のような怪しい魅力を醸しているのだ。リフィルとて己の容姿が一般的に劣っているとは思わないが、それでも彼女の隣に並ぶのは勇気がいる思いである。
「ういうい、拙者もあとちょっとしたら入るでござる」
「あぁ。備え付けてあるものは何でも好きに使ってくれ。……ところで、さっきから何を熱心に見てるんだ?」
「ん、これでござるか?」
分厚い書類の一部を摘んだ切子は、難しげな表情から一転、にんまりと悪い笑顔になる。
「今年度入学した生徒の個人情報。システィア殿の執務室から拝借してきたでござる……ほんの一部でござるけど」
「ば、な、犯罪じゃないか……っ!?」
慌ててまじまじと見ればどれも本物だ。恐らく、入学の手続きで連れてこられた際にまんまとせしめたのだろう。同席していたのに気付けなかった手際が空恐ろしく、それはそれとして、良くないことなんだぞ……? と悪びれない切子をゆさゆさ揺らす。
「まーまー、固いこといいっこなしでござるよ。魂癒士は何かと狙われやすい立場。周囲の人間―――ましてやクラスメイトの人となりを事前に把握しておくことは、護衛として最低限の備えでござる」
「むむ、理屈は通って聞こえる……」
「ほらほら、リフィルパイセンもこれで共犯。知ってる情報があったらキリキリ吐くでござる」
なんだか上手く丸め込まれた気もするが、彼の名を出されると弱いリフィルであった。
「はぁ……顔は広い方ではないのだが」
誘われるがまま切子の隣へ腰を下ろし、机上に散りばめられた書類へ目を通す。やはりほとんどの生徒はピンとこず―――されどピックアップされた人物の中で真っ先に気になったのは、やはりこの男。
「ラナハイン=ゼスペス……君たちと同じ、中途編入生か」
「お館様の同室って説明された時も、複雑な顔してたでござるよね?」
「あぁ。トリニティで中途編入となれば、基本的に訳ありだからな」
今現在、人界、竜界、魔界において、異能開発薬を摂取していないヒトは存在しないとされている。これは読んで字の如くヒトに異能を発現させるが、その確立は五千人に一人。仮に発現したとしても、大半が四級、五級に分類される、所謂低位の超越者だ。
三級以上は天才の領域―――超越者全体でも三割に満たないエリートがここに分類される。そしてトリニティに入学が許されるのは、そもそも三級以上の超越者のみだ。将来アークの中核を担う、一握りの天才を育む箱庭こそ、トリニティの本質なのである。
産まれた瞬間から異能開発薬を投与され、徹底的に管理、把握されている『ヒト』という名の『資源』。
異能の強さは大部分が資質に依存する。そしてそれは、開発の初期段階でほぼ計測できてしまう。即ち、トリニティへ入学できるか否かは、産まれてすぐのタイミングでラベリングされているという事だ。
三級を超える超越者の価値を考えれば、たった一人の取りこぼしも、入学漏れもないし、あってはならない。
トリニティへの中途編入とはつまり、それらの網をすり抜けたということ。三級に相当する実力を持ちながら、計測を煙に巻くのは並大抵の事情ではない。よって、彼には疑いの目を向けざるを得ないのだ。
無論、夜片や切子のように、特殊な事情で編入するケースもなくはない……が、ラナハインの情報を摘み上げた切子は、光らない目を大きくして三日月のように口端を歪める。
「アハ、嘘つきだコイツ。経歴の消臭が甘いでござるなぁ、今どき孤児だろうと異能開発からは逃れられないってのに……誰の隣で何をしようとしてるのかな?」
一瞬だったが、それは間違いなく殺意だった。
己へ向けられたものではないのに全身から脂汗が吹き出し、金縛りにあったように動けなくなる。
そんな殺意を散らし、リフィルの金縛りを解いたのは、切子のデバイスから鳴り響くぴっぽー! という可愛らしい通知音だった。「あやや、お館様からのメッセージでござる」と相好を崩した切子に、リフィルはぐったりとソファへへばりつく。
まったく早めに知っておいて良かった……今後、同室の少女を怒らせる事だけはすまいと、リフィルは固く心に誓う。もっとも逆鱗は分かりやすく、己にとっても大切な少年である以上、そんなことはよほどないであろうが。
「え゛っ…………あっ、あー、そうなっちゃったでござるかぁ」
「……ん、どうしたのだ?」
ニコニコでデバイスを確認していた切子が、口元をヒクつかせながら天を仰ぐ。
羨ましいな、私も彼に何か送ってみようか……などと青写真を描くリフィルも隣から覗かせてもらうと、ウィンドウには端的なタイトルに画像が添付されており、
題:パーリィの始まりだぜェーーーーッ!!
画像:金髪の顔面強者と、たぬき顔の少年が、変顔を晒しながらベッドで飛び跳ねている様子。
「めちゃくちゃ打ち解けているなっ!?」
「もう、警戒心薄いんでござるから……ま、そゆとこもいいんでござるけど」
「一応、忠告は入れておこうか?」
「まさか。ずっと、新しい友達ができるって楽しみにしてたでござるからね。ここで水を差すほど、ツマラン女じゃないでござるよ~」
にしては、画像を捉える眼が笑っていない。なにかあったらぶっ殺す気満々なのだろうが、こうも打ち解けていると糾弾するのも難しい話だ。切子にしても、得体のしれない相手が近くに居るのが気に食わないのであって、敬愛する主君に友人が増えたことは寿いでいる様子。
ということで、彼については一旦保留。
その後は軽食を挟みながら資料を読み進めて―――別口でかなり面倒なモノを発見してしまったリフィルは、咄嗟に口元を抑えるも。
切子がそれを見逃すはずもなく、いいタイミングだから話は風呂で聞くぜーっと、脱衣所へ無理やり連行される。
どうにも脂汗をかいていたのがバレていた様子……全く、それだってキミのせいなんだからな。何一つ恥じず竜巻のように服を脱ぎ散らかす切子に風呂場でも振り回されながら、二度目のシャワーに洗い流され、リフィル=コーレットの長い一日は過ぎていくのだった。




