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15.ラナハイン=ゼスペス


「う……ぅん?」


 意識が浮上して、薄く開いた視界に白い天井が映る。

 どうやらベッドに寝かされていたらしい。寝起き特有の曖昧な判断で上体を起こし、肌触りのいいシーツに触れた途端―――手のひらに走る鋭い傷みに、思わずうめき声を上げてしまう。


「いつつ……そうだった」


 不抜(ふばつ)を抜こうとして、ひっくり返ったのだった。

 傷む両手を確認すると、手のひらを覆うように大判の絆創膏がペタリ。中心部は血を吸って赤黒く固まっていた。まるで自覚はないものの……手のひらが裂けるほどの力を、自分はアレに込めたらしい。


 あのまま際限なく力を込めたらどうなっていたか―――ゾッとしながら頭を振ると、学生証(デバイス)にポップアップした、バイタル不調の警告履歴が怒涛の勢いで目に飛び込んでくる。


 それらをおざなりにスワイプして……表示された時刻は昼の二時。覚えている時間から逆算して、6時間ほど気を失っていた計算になる。リビングの方から差し込んでくる柔らかな陽光も、まさしく昼下がりを告げるようにベッド脇の床をポカポカと温めていた。


「ぬくい……あっ」


 まだ働かない頭で、絆創膏に覆われた手のひらを陽だまりに晒していると―――気絶する直前に見た金髪のイケメンが電球の如く脳裏に閃いた。そりゃそうだ、絆創膏がひとりでに張り付く訳もない。床ではなくベッドに寝かされていたことからも、誰かが自分を介抱したことは明らかだった。


「ん……? くんくん。なんだか、美味しそうな香りが……」


 体調に別状はない。僕はベッドからぴょんと降り、甘くて香ばしい匂いを辿って奥のリビングを覗き込む。

 そこは中庭からの採光で一際明るく、一人の男が鼻歌交じりにキッチンへ向かっていた。


 間違いない、気絶する前に確認したイケメンご本人である。180cmはある長身に、陽光を透かすようなブロンドヘアのハーフアップ。ワイシャツにエプロン姿でフライパンを振る姿は堂に入っており、端正な容姿も相まって、如何にも女性が放っておかないといった雰囲気の男だった。


「おっ、お目覚めか」


「いやー、その節はご迷惑を……」


「いいって。もう休んでなくて平気か?」


「ん、だいぶマシになったから、もう大丈夫」


 ぐぬぬ、振り向きの笑顔まで様になってやがる。かたや高身長サラサラ金髪イケメン、かたや低身長黒髪モフたぬき……どうしてこんなにも差があるのか。慢心、環境の違い……などと全く非のない相手へ一方的に憤慨していたところ、何か感じ取ったのか苦笑した彼がテーブルを指し示す。


「ちょっと待ってな。今パンケーキ作ってんだ、お前も食うだろ?」


「えっ、パンケーキ食べる!」


「即答だなぁ……勧めといてなんだが、あんま知らん奴から食べ物貰っちゃ駄目なんだぜ?」


 気絶していた所を助けてくれた=いいやつ=パンケーキを食べてもいい。完膚なきまでのQEDだ。

 独自理論で胸を張ると、買い被りだぜと破顔した彼がフライパンを振ってパンケーキをひっくり返す。うおお、落ちる時ぱふっていったぞ!? 分厚いやつだ!


「よし、良い焼き加減だ。締めにポポーネクリームとラスカの花蜜を添えてっと」


 きゅうと腹の虫が鳴る。考えてみれば、グランエールで食べてから半日近く過ぎているのだ。たらふく詰め込んだとはいえ、育ち盛りにそれだけ間が空けば空きっ腹になるのは道理である。

 

 それから少しして、パンケーキと湯気だったマグがワンセット、洒落たランチョンマットの上にご用意された。


「ほらよ。俺様特製スペシャルパンケーキだ。人界のバターとハチミツも悪かないんだけどな。今回は魔界のスタンダードで味わってみてくれ」


「お、美味しそ~!! もう食べていい!?」


「おう。俺様のは別で作ってあるから遠慮せずに……オイオイ待て、誰も取らねぇからゆっくり食え。喉詰まらすぞ」


 い、いいやつ~……しかも見た目だけじゃなくて味も美味しい~……。

 絶妙な火加減でふこふこに仕上がったパンケーキに、紫色の不思議なクリームと黄金色のシロップがベストマッチしている。魔界のスタンダードということで、それこそバターやハチミツのような位置づけなのだろうか。クリームは未知の味だったが香りとしてはラベンダーやバラが近く、シロップはハッキリとした甘さながらスパッと後味を残さない。


「どだ、美味いか?」


 口いっぱいに頬張ってサムズアップすると、彼は嬉しそうに笑って、


「ほれ、カフィーもあるぜ。あちぃから焦って飲むなよ」


 いいやつ~……! コクコクと頷いて、口内で渋滞したパンケーキを溶かすように少しずつカフィーを啜る。これまた美味しい……酸味控えめなタイプのようで、苦みこそ強いがパンケーキの甘さと混ざれば僕でも十分に楽しめる味だった。


 うむむ、ご機嫌な昼下がりですな。しかし待てよ、何か忘れているような……。


「もがっ、そうだった! 不抜は……っ!?」


「あの剣のことか? それならそっちに置いてあるぜ」


 自身もパンケーキを食んでいたイケメンが、フォークを咥えて僕の後方を指さす。

 振り返れば壁の隅、青白い布の上からイグサのような紐で固められ、一回りシルエットの膨れた大太刀が立てかけられていた。感じられる力を見るに、どうも単に布で包んだだけではない様子。

 正面へ向き直ると、彼が悪いなとばかりに片手を上げる。


「あんま感じのいいモンじゃなかったからな……門外漢なりに封印させてもらった。ま、別世界由来のモンに魔法での抑えがどこまで効くかは分からんが。どうする? 俺様もアンタの事情はさっぱりだ、逆効果ってこともあんなら解除するぜ?」


 いやいやいや、慌てて両手を振り、助かったと頭を下げる。


 とんだ謙遜だ。言われるまで存在に気づかなかった辺り、非常に優秀な封印術を施してくれたのは間違いない。

 もっとも不抜が大人しくしているのは、封印にプラス、僕が同じ部屋に居るのも要因としては大きい。感覚的に、寮から出る際は封印越しで持ち歩いた方が良さそうだ。ちゃんとした処置は今晩にも切子と話し合うとして……少なくとも、この瞬間また我を失うような心配はなさそうで一安心である。


 一方、僕が正気を失った一部始終を見ていた彼も、不抜は気にかかる様子で、


「んで、アレが何なのかってのは、聞いたら教えてもらえる感じか?」


「…………その、えっと」


 正直、あまり言いたくはない。不抜は前科持ちだ。この刀は僕のみならず、関わった者の運命を捻じ曲げる―――それもおおよそ、悪い方向に。


「ナイショか……おっけ、無理にゃ聞かねぇよ。こんな場所に来るヤツは秘密の一つや二つ抱えてるもんだ。俺様も含めてな……だろ?」


 いくらでも問いただせる立場なのに、茶目っ気たっぷりに流してくれる彼には感謝してもしきれない。

 実際問題、仮に説明を求められたとて、不抜には謎が多すぎる。


 ―――何故あの日、これを抱えて七星山に立っていたのか。

 ―――何故、鞘から抜けないのか。

 ―――何故、捨てても戻ってくるのか。


 触れた先から染み込んでくる『渇望』と『怒り』の正体さえ、僕には分かっていないのだ。


 知っているなら、誰か教えてくれないか。それさえ分かれば、己の過去を知ることが出来たなら僕は―――。


「……い。おい、大丈夫か? やっぱまだ疲れてるんじゃねぇか?」


「……大丈夫。ちょっと、考え事してただけで……そだ、不抜の事は教えられないけど」

 

 この数十分ですっかり善人判定(一方的)したイケメンへ、自己紹介も兼ねて魂癒士であることを説明する。デモンストレーションでみょんみょんと引き伸ばされる魂を見て、信じられんとばかりに幾度も目を擦った彼は、丁度カフィを飲みきったタイミングでぐったりと首肯した。


「どこでどう育ったらこうも危機感のない魂癒士が出来上がんだよ……とにかくそれ、あんま人に見せんなよ、世の中悪人の方がよっぽど多いんだからな。うん、ヨヒラ……ナナホシ……発音がむじぃな。ヨヒって呼んでいいか?」


「いいよ! そっちは……」


「ラナハイン=ゼスペスだ。青魔法使いの淫魔種(インキュバス)。長いからラナとか、ラナーでいいぜ。改めてよろしくな」


 こちらこそっ! あだ名呼びなんて、これはもう一気に大親友と言っても過言ではないのでは? 握手ぶんぶんぶん……うん? なんだかとんでもない爆弾情報が混ざっていたような……まあいいや! あの、よかったらゲームとかしない? 友達と遊ぼうと思って、色々持ってきたんですけど。


 いそいそとキャリーケースを引っ張っていけば、中を確認したラナが驚いたように手を叩く。


「オイオイマジか、アレもコレもあんじゃねぇか!! 人界のアナログゲームって人気あるし、値段も高いから手出せねぇんだよ。全部やろうぜ、悪いけどルールだけ一から説明して……いやちょい待ってろ、長くなりそうだ。販売部から飲み物と追加の菓子仕入れてくっからよ! なんか希望あるか?」


「詳しくないからお任せで、僕準備しとくね~!」


 よしきたと、はしゃいだ様子のラナは風のように部屋から飛び出していった。うーん人たらしというか……あんなに楽しそうにしてくれると、こっちだって持ってきて良かったなぁと思わされるものである。

 

 さーてどれから遊ぼうかな? ワクワクしながらダイニングテーブルの上にボードや駒を並べ……物資調達に向かった友人を待っている内に、とある事実に思い至る。

 折しも昼下がり、差し込む陽気は麗らかで、寮からも他の学生らしき気配はまったく感じられない。―――そりゃ当然だ、だって授業中なんだもの。


 あれ、じゃあラナハイン氏、なんでこんなところにいるの……? と僕はせっかく出来た友人の不良疑惑にこっそりと頭を抱えるのだった。




********************



 結論から申し上げて……友人と遊ぶボドゲはクッソ楽しかった。


 複数のゲームを跨いだ僕らの戦いは大白熱。五分五分の勝率でラストゲームを終えたのが深夜一時―――血走った眼で拳をぶつけ合った僕らは、片付けもそこそこに、ゾンビのような動きでベッドへ潜り込むのだった。

 

 更に余談だが……このボドゲ大戦によって不抜の問題をすっかり報告し忘れていた僕は、明朝切子こってりと絞られることとなる。








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