19.違和感だらけのクラス
「クソ、何故私の受け持つクラスばかり、編入生が……」
朝日差し込む、学園の廊下にて。
足早に僕らを先導する男が、苛立ちを隠そうともせずこちらを振り返る。
赤い頭髪をべったりと撫でつけた痩身の彼は、ゾニエ=ボット。竜族の火竜種にして、僕らの担任……という情報だけをぶん投げて、さっさと来いと歩き出してしまった男の名である。
明らかに面倒事として扱われている態度に、思う所がないではない。しかし人間、自分より苛立っている存在が居ると殊の外冷静になれるもので、
(これ、ぶっ殺していいでござるか?)
(初日からそんな事したら退学になっちゃうよ……)
というかどんなタイミングだろうと、教師に暴力は退学案件だろうが。それでも初日から問題児のレッテルを張られるよりはよほどいいはずだ。
ちなみにラナとは学園の入口で分かれ、一足先にクラスへ向かっているとの事。
今回は都合がいいというべきか……切子に加えて彼まで暴れたら、とても僕一人では止められない。その場合明日からは違う先生が赴任して、僕ら三人は仲良くトリニティから放逐されることだろう。
まぁ、ゾニエ先生だって色々あるはずだ。ファーストインプレッションで悪人だと決めつけるのは流石に……と、彼の擁護に回っていたのもつかの間。
「い、言っておくが、私のクラスで余計なマネはしないでくれたまえ。クラスには、や、やんごとなき血筋の方もおられる。何かあれば、キミたちがシスティア学園長の縁故だろうと……分かるね? ね?」
(うげげ、脅しでござるか)
マジかよ、生徒に貴賤を付けるタイプであらせられる? 僕が間違っていた、健康的で文化的な学園生活を送るために、コイツはぶっ殺しといた方がいい。
「……ついたぞ。わ、私が先に話を通す。合図したら、入ってきたまえ」
二人して如何に背後を襲うか算段をつけていたのに、気付けばクラスまで到着していたらしい。僕らを置いて教室へ入るゾニエを見送って、切子と並んで壁に背を預ける。
(編入するクラスって、システィアが決めたのかな?)
(恐らく。学園長の縁故云々言ってたでござるし、嫌がるゾニエのクラスへ強引にねじ込んだと考えるのが妥当でござるかな)
うむむ、なんでだろう。
三級以上の制限を設けているとはいえ、トリニティはかなりのマンモス学園。一学年だけでもクラスは相当数に上り、ましてやこのクラスに限っては、既にラナハインという編入生を受け入れたばかり。そこへ追加で二人というのは、あまり理屈が通っているとは思えない。
(なんか目論見でもあるのかね?)
(ゾニエをノイローゼにして追い出せとか? それなら切子ちゃんもやぶさかではござらんが)
(まさかぁ……とも、言い切れないなあのヒトなら……)
出会って数分で株がストップ安なゾニエはさておき、システィアにそれぐらいの茶目っ気があることは否めない……が、結論を出すのは一日クラスの様子を見てからでも遅くないだろう。
とにかく、初日くらいは波風を立てないようにしたい。ゾニエの闇討ちだって半分くらいは冗談だ、担任にしても同級生にしても、無闇に敵を作って得することなど何もないのだから。
「嘘ついたらタヌキが釘バットで襲ってくる~♪ おっ」
そんなこんなで切子と指切りなどしていると、ドアの向こうからコンコンと合図がやってくる。寮の時ほどではないが、やはり緊張するものだ。
「拙者が先行くでござる?」
「んにゃ、頑張る」
「えらいでござるな~」
撫でんな、初見の同級生に変な眼で見られるでしょーが。
軽口を叩き、五月蝿い心臓を上から抑えていざ入室。
「「「……………………」」」
教室は、学園全体の規模から考えれば、非常に常識的なものだった。
およそ学校と名の付く施設とは無縁の人生だったので、一般を論ずる資格は持ち合わせていないのだが、漫画やゲームで得た『教室』のイメージとさほど離れてはいない。
ズラリと並んだ席に、同じ制服を着た少年少女が整然と座っている。僕は教壇からそれを一望して……はてと首を傾げた。
クラスの全体像に違和感を感じる。より厳密には、事前の想像と、クラスの実情が、大きく乖離しているというか。うーん……おっと、ゾニエから咳払いが。
改めて深呼吸を一つ、クラスメイトの視線を受けながら、噛まないよう自己紹介する。
「七星夜片、人族の魂癒士です。色々あって世間知らずですけど、仲良くしてくれると嬉しいです。よろしくお願いします」
よ、よし。当たり障りなくできたぞ。切子は、
「七星切子、同じく人族の超越者。別に仲良くしてもらう必要はモガモガはむはむ……仕方ない、縁があればよろしくでござるよ」
わーっ! 指切りしたのにもう忘れたんかお前は!? あと人の指はむんな、お尻の上らへんがなんかゾワゾワする!!
咄嗟の方向修正も虚しく、クラスメイトからの視線はピリピリしたものが多い……いや、これは切子だけの責任とは言えないか。
教室入った瞬間から、歓迎されていない雰囲気はひしひしと感じていた。一瞬なりともザワついたのは、僕が魂癒士だと判明した時だけで、あとはダンマリだ。
(はっきりと異物扱いだねぇ)
(そうでござるな。言いたい事があるなら直接言いに来ればいいのに。お陰でちょっとピキって噛みついちゃったでござる)
後半はともかく、前半は仰るとおり。
しかして僕らは新参者、まさか片っ端から襟首掴んで「なんの文句や、オォン?」と吊るしていく訳にもいくまい。……あの、切子ちゃんや? 御意にじゃないの。目ぇキラキラさせるのやめれる? 安易な発想した僕が悪かったから。
「……も、もういい。空いている席に座れ。どちらの席でも構わん、私は関与しない」
結局、沈鬱なクラスの空気を厭うように、ゾニエが空いてる席を促し、自己紹介はお開きに。
まぁ、質問コーナーなど設ける気もないだろうし、あったところで余計に空気が終わるだけである。
特に後ろ髪引かれることもなく教壇を降りた僕は、切子を連れ立って指定された壁際の席へ。うーん、それにしたって視線がしつこいな。
クラス約30人強の視線、それもマイナスの感情がこもったモノをずっと浴びていると、流石に気が滅入ってくる。好意的な視線なんてそれこそラナと数えるほどしか―――って、あーらら、ラナハインくん!?
「よっ、待ってたぜご両人」
「ラナ〜! オアシスかお前〜!」
僕らに宛てがわれた横並びの空席。そのすぐ後ろにラナを見つけて、思わず快哉を上げる。
「お館様は壁際に座るといいでござるよ」
「うん? じゃんけんとかじゃなくていいの?」
「うい。コイツらの隣にお館様座らせるの、拙者死んでもヤでござる」
切子が周囲の生徒を冷ややかに睨むと、彼ら彼女らは居心地悪そうに目を逸らす。
だからって切子がそのポジションに入るのも……あー、はいはい。厄介な相手を弾くのも護衛の役目ね。真剣にそう言われてしまえば、守られる側としてはぐうの音も出ない。
せめて寮に戻ったら、販売部で何か買ってあげるとしよう……しごできな護衛への埋め合わせを考えつつ、結局は壁際の席に着席。
これで僕の席は、壁を右手に後ろがラナハイン、左が切子とやたら落ち着ける席順と相成った。
「……居心地が良すぎて申し訳ない」
「うむ、かくあるべしでござるな」
「のんびりしとけよヨヒ。壁際って結構寝やすくていいぜ?」
キミらはホンット馬耳東風だねぇ。芯が通ってるというか、他人の視線なんざどうでもいいというか。
あとラナ、お勉強はしっかり受けないと駄目よ? 昨日のサボりといい、同室の勉学進行度がちょっと不安な僕である。
にしても、うーん……何故こうも嫌われるのかね。
ラナに対する扱いも、僕らとそう変わらない様子。つまり個人ではなく、編入生という括りで爪弾きにされているのだろうか?
向けられる感情もシンプルな嫌悪というより、扱いに困る腫れ物といった感じ。積極的に排斥しようとも受容しようともしていない、言わば何らかの『判定』を待っているような―――。
と、そこで鐘がなり、思考の泡はペチンと弾けた。
一限目は確か、異能の成長と発展だったか。よりによって魂癒士の自分には縁遠い科目だが、異能と異形関連の授業はトリニティでは必修扱いである。
まぁ、治療する相手を詳しく知るのも無駄ではないか―――そう思い直して正面へ向き直れば。
「あっ……あわわ」
「……ん?」
気のせいか、前席の少女に見られていたような。
……なんてね。よしんば見ていたとしても、それは僕越しにラナにでも夢中になっていたのだろう。
まるでごまかすかのように忙しなく揺れる、やや短な風竜種の尾を眼で追いながら……僕は真新しい教科書を、机の上にぺたりと乗せた。




