12.ミッドナイト・グッドモーニング
「私のことは……今後とも、呼び捨てで、頼む」
「溜めたねぇ」
そんなクタクタになるまで悩まんでも……まぁ、たっての希望とあらば、仰せのままに。たまには先輩と呼ぼうと頭の片隅に留め、ふと追加の疑問が湧く。
「先輩って事は……学生なのに、断界の対処を任されてたってこと?」
「あぁ、去年から現職に混ざって任務を受けている……知っていたのか?」
「いや。けど、あれだけ魂を消耗するなら実戦しか考えられないかなって」
学園の訓練でも異能は使うだろうが、まさかそれだけで異形化すまい。
必然、他に異能を行使するとなれば実戦だ。……が、断界の修復には命の危険と責任が伴う。発展途上の学生を現場に放り込むなど、まかり通るものなのだろうか?
首を斜めにすると、正面のシスティアが複雑そうな表情で腕を組む。
「本来なら、学生の内から任務に就くなんてあり得ないわ。……超越者だって一人のヒト。いずれそうなるとしても、子供の内から兵器のように扱うのは間違っている―――少なくとも、トリニティはその理念を根底に置いて創設された」
でもね、と嘆息し、漆黒の角に結わえられた飾りが揺れる。
「時々、そういう物差しでは計れない子もやってくるの。二級以上―――優れた魂を持つ、異能の申し子たち。そういう子は学園に在籍しながら、例外的に卒業生と同列に扱われるわ……戦える超越者の不足は、アークでも切迫した問題だから」
へぇ、世知辛い話だ。
つまりリフィルはその二級以上とやらで、学生の枠を超えて異能を使い続け、異形化寸前まで消耗してしまったと。終いには裁定者機関に命まで狙われたのだから、ここ一年の彼女の激動は想像するに余りある。
「偉すぎるよリフィルパイセン……ほら、これも食べて。これも」
「あ、ありがとう。……ふふ、お皿が山盛りになってしまうな」
「眼の前でイチャイチャされて、胃の具合が悪いんだよォ――ッ!」
オイオイ、呑み過ぎを棚上げして他責かァ? 何か言いかけて、半泣きでジタバタする姿があまりにもだったので、大人としてぐっと受け流す。ちなみに当初あったクールビューティーなイメージは、一ミクロンも残っていない。諸行って無常なんだよねぇ。
「ま、適合する魂癒士も見つかったことだし、リフィルはしばらく休みなさい。上層部は私から牽制しておくから」
「それは助かるが、問題ないのだろうか? 私の受け持ちはまだ……」
「いいから、休みなさい。あのね、一人休んだ程度で回らなくなるなら、世界なんてとっくに滅亡してるの。ちょっとくらい我儘言ったってバチは……あら、向こうも解決したみたいね」
解決とな?
リフィルと揃って疑問符を浮かべると、システィアは燐光を放つ角飾りに注目を集めるようピンと弾く。
「裁定者機関からの連絡。魂の回復を認め、執行対象から外す……ですって。正式な書状は後日になるけれど、これでやっと一安心ね」
「し、仕事が早いな。まだ実感が付いてこないぞ……」
「梅……じゃなかった、ナインスやるねぇ」
フルフェイスの銀騎士はいい仕事をしたようだ。もっとも正面で「ヒトにさえ戻ればこっちのモンよ、誰の生徒に手出したか理解らせたるからなマジで」とヤクザ笑いしてるシスティアの圧力もあるのだろうが。
縁さえあればまた会ってみたい。ただ、彼女の職務を考えれば対面する時は十中八九ヤクい場面だ。軽々に会いたがるのも考えものか……と関西弁の同郷に思いを馳せれば、肩の荷が降りたと思しきシスティアが改めてグラスを高々と掲げる。
「ともあれこれで大団円! リフィルの不調も解決したし、夜片たちの入学も決まったし! トリニティは当分安泰かしらね~グビビッ、わはは、ウメー!」
「完全に出来上がってるな全く……うん? 夜片たち? 入学するのは夜片だけではないのか?」
おっと、お気づきになられたか。
システィアの口ぶりでは複数形なのに、ここに居るのは僕ひとり。パッと見て計算は合わない―――ふむ、この距離なら鋭い相手にはバレそうだが、どうやらリフィルは魂感知があまり得意でないらしい。
「ちなみに、もう会ってるよ?」
「会っている……? 誰に?」
もう一人の編入生と―――あぁ、噂をすれば目を覚ましたらしい。
シャンデリアに照らされた僕の影が一瞬揺らぎ、中からゾッとするほど白い肌の少女が這い出してくる。
「んんーっ、切子ちゃん大復活でござる! あっ、お館様ずるい、拙者にもハンバーグ寄越すでござるよ。はいあーん」
「ほら食え」
「アッヅァア!? そこほっぺでござるよ!! しかも付け合せのニンジンだし……モグモグ。そうやってすぐ好きな子いじめするんでござるから」
「事実無根なんだよなぁ」
適当ばっか言うから場が混乱してるだろ。仕方なくハンバーグもくれてやると、うまーっ! とひと悶え。そこでようやく状況を把握したのか、揃った面々へ気さくな挨拶をする。
「二人ともはじめまして……ではござらんな。お館様の護衛にして一番の家来、デラックスセクシーくのいちの七星切子ちゃんでござる。以後よろしく」
アルティメット美少女くのいちじゃないんかい。別にどっちだっていいけども。
流石にシスティアはさして困惑せず、負けず劣らずちゃらんぽらんな笑顔で切子とヘラヘラし合う。
「久しぶりね切子! んーまっ、んーまっ! 結女は元気してるかしら?」
「システィア殿~! んーまっ、んーまっ! もう大荒れも大荒れ、案の定出発直前までゴネてたでござるよ!」
んまんま言いながら投げキッスの応酬でコミュニケーションを取る二人。分かってた、ここは相性いいって思ってた。一方、フリーズしていたリフィルは「闇色の……!」と呟いて、僕らの間を視線で行ったり来たりしている。
「覚えてたの?」
「……あぁ、正気でなかった時の事も断片的に記憶している。彼女にも世話をかけてしまったようだ」
「じゃあ、僕のほっぺを好き放題引っ張ってたのも?」
「何故それを覚えていないんだ……私は駄目な奴だ……」
そ、そんな真剣に頭を抱えんでも……触りたければ触っていいのよ? 減るもんじゃないからいいのよ?
謎の後悔に苛まれるリフィルを必死に慰めていたら、結女の愚痴を終えたらしい切子がこっちへ戻ってくる。
「ふむ、順調に回復してるでござるな。お館様の腕は前提として、そもそも魂の質がいい……ウチの連中と比べても遜色なし、伸びしろもあると」
こら失礼だろ、初対面でズカズカと。
観察するような視線に反応し、リフィルが慌てて居住まいを正す。
「こ、光栄だ。私はリフィル=コーレット……貴女が裁定者機関の足止めをしてくれたのは覚えている。改めて感謝を。そして、以後もよろしくお願いしたい」
「感謝ならお館様に。拙者は命令に従っただけでござる。けど、握手っしゅ~!」
おずおずと差し出されたリフィルの手を、切子が元気に上下に振る。
真面目タイプとお調子者タイプで、相性はまずまずといった具合だろうか。まぁ、切子は相手に合わせて匙加減を決める節があるし大丈夫だろうけど……気に入った相手はとことん振り回すからなコイツ。今後どうなることやら。
何となく苦労しそうなリフィルの将来を案じれば、握手を終えた彼女が妙に上ずった声を出す。
「とっ、ところでだな。その、切子と夜片はどのような関係なのだろうか?」
「「ん?」」
質問の意図が組めない二人へ、リフィルは慌てて両手を振り、
「詮索する意図はないのだが、仲睦まじい様子だし……名字も同じだし……なんというか、深い関係なのだろうかと」
あー、なるほど? 好きな子にいじわる云々を真に受けてしまったか。僕らは別にそういった関係じゃないし、名字が同じなのも単に僕が七星の養子だからだ。何やらテンパって涙目なリフィルの誤解を解こうとした矢先――横から切子の待ったがかかる。
え、拙者に任せろって? バカ待てお前、笑い方が邪悪過ぎる、絶対ロクでもないこと企んでるよなぁ!?
「ぬふふ、これは『女の話し合い』が必要でござるなぁ……ほらリフィル殿、一階へ移動するでござるよ。お館様には聞かせられない部分もある故……ね?」
「や、やはりそういう事か……受けて立つ。ぽっと出と言われようが私だって、私にだってチャンスがあってもいいはずだっ!」
まずい。このまま行かせると、とんでもない面倒事に発展しそうな気がする。
しかし古今東西、このような場面で男の意見が通った試しはなく、僕のささやかな制止は後で聞くと押しやられ、肩を怒らせた少女二人は階段を降りていってしまった。もっとも、若干一名が肩を上げていた理由はシンプルに面白がっているだけだろうが。
そこはかとない嫌な予感をハンバーグと共に飲み込めば、正面で静観していたシスティアがニヤニヤと軽口を叩いてくる。
「ま、ああなったら男が口出しする場面じゃないわ。沙汰を待ちなさいな色男」
「含蓄あるお言葉で……あんま男性経験なさそうなのに……」
「ねぇねぇねぇ聞こえてるわよ夜片!? 泣くわよ……いや、ちょっと待てお前隣座れや。責任取って経験させろや(意味深)」
やばい、リフィルが居ないのを失念していた。
とんでもない速度で背後を取られファッ!? となった僕は、その細腕からは考えられないほどヒョイと抱えられ、己が失態を呪いながらソファに連行されていくのだった。




