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「――近衛兵! 今すぐこの狂った女と、その魔物を捕らえよ!」
ライナルト王子の怒声が、闘技場の回廊に木霊する。
抜剣する兵士たち。その切っ先が、まだ息を乱しているヴァンと、彼を抱きしめる私に向けられた。
周囲の生徒たちは、恐怖で顔を引き攣らせて後ずさる。聖女が「浄化」に失敗し、あろうことか「闇」に押し返された。この事実は、彼らにとって世界の終わりにも等しい衝撃だっただろう。
「罪状は何かしら、殿下? 私の騎士が、あなたの息のかかった騎士を正々堂々と叩き伏せたこと? それとも、私の愛があなたの聖女様の『善意』より強固だったこと?」
私はヴァンを支えながら立ち上がり、冷ややかな視線で王子を射抜いた。
「ふざけるな! セフィリアの術を跳ね返したあの不気味な力……あれは凶つの魔女の魔法だ! エルフレイダ、貴様は我が国の至宝である聖女を傷つけ、禁忌に触れた。これは国家反逆罪にも相当する!」
「魔女? 心外ですわね。心当たりもない。勘違いも甚だしいですわね」
私はわざとらしく、ふふっと笑い声を漏らした。
「あれはただの『拒絶』ですわ。ヴァンは、彼女の差し出す偽りの救済よりも、私の隣にある真の救済を選んだ。ただそれだけのこと。……それに、殿下。先に禁忌の術――『魂の浄化』を公衆の面前で行使なさったのは、そちらの聖女様ではありませんか?」
「それは、彼を救うための慈悲で……!」
「許可なく他人の魂を浄化書しようとすることが、いつから慈悲になったのかしら? 私の騎士に手を出した無礼、そして学園の規律を乱した責任。……それらを棚に上げて私を裁こうだなんて、王族の看板が泣いていますわよ」
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王子の顔が屈辱で真っ赤に染まる。
だが、彼が次の命令を下そうとした瞬間、廊下の奥から重厚な足音が響いてきた。
「――そこまでだ、ライナルト殿下」
現れたのは、私の父。この国の影の支配者、ジェラルド・ド・ランヴォール公爵だった。
彼の背後には、完全武装した公爵家直属の私兵たちが、王宮近衛兵を包囲するように展開している。
「公爵……!? なぜここに!?」
「娘の晴れ舞台を見に来るのは親として当然のこと。……それより殿下。我が家の騎士が勝利したというのに、なぜ剣を向けられているのか、納得のいく説明を頂きたいな」
父の放つ圧倒的な威圧感に、王子が気圧される。
父は、跪くヴァンの姿を一瞥し、それから私を見て、微かに口角を上げた。
「……エルフレイダ。お前が言った通り、この青年は『原石』だったようだな。聖女の魔力を力技でねじ伏せるとは、私の予想すら超えている」
「当然ですわ、お父様。私の選んだ『推し』ですもの」
私は父の加勢を得て、さらに一歩、王子へと歩み寄った。
「殿下。今この瞬間をもって、私は学園を退学させていただきますわ。……こんな、実力よりも血筋と『光の押し売り』が優先される狭苦しい場所、もう飽き飽きですわ。……ヴァン、行きましょう。あなたの本当の舞台は、ここではないわ」
「……はい、お嬢様」
ヴァンが立ち上がる。その瞳には、もはや一欠片の迷いもなかった。
彼は私の手を取り、跪いてその甲に唇を寄せた。
「あなたの行く場所が、私の戦場です。……たとえそれが、王宮を敵に回す道であっても」
────
私たちは呆然と立ち尽くす王子と聖女を背に、堂々と闘技場を後にした。
馬車で学園の門を出る際、遠くで「断罪」を告げるはずの鐘が鳴り響いたが、私にはそれが、新しい時代の幕開けを祝うファンファーレのように聞こえた。
馬車の中。
ヴァンは私の隣に座り、疲労困憊の様子で私の肩に頭を預けてきた。
「……疲れました、お嬢様。……本当に、あの方の光は……居心地が悪かった」
「ええ、よく頑張ったわね、ヴァン。……でも、これで皆は知ったわ。あなたが私の騎士であり、誰もあなたを奪えないということを」
私は彼の銀髪を優しく撫でる。
ゲームのシナリオは、今この瞬間、完全に崩壊した。
悪役令嬢の私は処刑されることもなく、モブ騎士のヴァンも聖女に救われることはなかった。
けれど、これからが本当の「悪役令嬢」の本領発揮だ。
王家は公爵家を危険視し、聖女派は私たちを「悪魔」としてきっと糾弾し始めるだろう。
「お嬢様……。私は、あなたの望む『推し』になれていますか?」
ヴァンが、不安げに私を見上げて問う。
「最強よ。……でも〜、そうね。まだまだ足りないかしら。……あなたは、私と一緒にこの国の頂点に立つの。……そして、私たちが一番の主役として、この世界ごと、最高に塗り変えていきましょう」
私は彼の唇に指先を当て、悪戯っぽく微笑んだ。
(――ああ、尊い。逆境になればなるほど、ヴァンの美しさが際立っていくわ。……これからの政治闘争も、権力争いも、全部ヴァンのための『最高の舞台装置』にしてあげる!)
私、公爵令嬢エルフレイダの愛と執着による「世界改変計画」
学園という小さな籠を飛び出した「悪役令嬢」と「モブ騎士」の快進撃は、ここからきっと加速していくわ。




