クエストボード
ざわめきが、絶え間なく響いていた。
壁一面に貼られた無数の紙。
人の出入りと共に、誰かが剥がし、誰かが貼る。
――クエストボード。
その前に、二つの影が立っていた。
「……で、どうするよ?」
腕を組みながら、アッシュが横目で問う。
隣では、シンが一枚一枚、依頼書に目を通していた。
「……危険なのは、間違いないな」
ぽつりと呟く。
この場所に貼られている依頼は、大きく二種類ある。
国が発注する、正規の任務。
そして――民事依頼。
「こっちは個人受注か」
アッシュが一枚の紙を指で弾く。
「村人とか、魔導士が自分の依頼に人を追加で呼ぶやつだな」
シンが頷く。
「正規と違って、基準が曖昧だ」
「報酬もな」
アッシュが鼻で笑う。
「安すぎるか……逆に怪しいくらい高いか、どっちかだ」
その言葉の直後だった。
シンの手が、ぴたりと止まる。
一枚の依頼書。
紙質は特別でもない。
だが――内容が目を引いた。
アッシュが覗き込む。
「……おい」
思わず声が漏れる。
依頼内容:
商業国バルディオスにおける潜入調査補助
依頼主:三級魔導士(個人受注)
参加条件:特になし
そして――
「……報酬、ほぼ正規依頼と同額かよ」
アッシュが眉をひそめる。
「マジかお前…これはねぇだろ」
シンは無言で依頼書を見つめていた。
「普通なら、もっとケチる奴が多いからな」
アッシュが続ける。
「なのに参加条件なしでこの額……」
一拍。
「……“削れなかった”ってことだな」
「……ああ」
シンが低く答える。
「それだけ“人が集まらない理由がある”ってことだ」
つまり――
危険。
それも、分かりやすい危険ではない。
「……レイも誘うか」
シンがぽつりと言う。
アッシュは即座に首を振った。
「やめとけ」
短く、はっきりと。
「どう考えてもヤバい案件だ」
依頼書を軽く叩く。
「バルディオス、潜入、個人受注、この報酬」
指を折りながら並べる。
「役満だぞ」
「……だろうな」
シンは否定しない。
「アイツなら止める」
「確実にな」
アッシュは苦笑する。
「それに――」
少しだけ真顔になる。
「本来なら、俺らみたいな訓練生が手出していい内容じゃねぇ」
その言葉は重かった。
「分かってんだろ?」
問い。
シンは一瞬だけ目を閉じ――
「……ああ」
開く。
迷いはなかった。
「それでも行く」
「……理由は?」
アッシュが静かに聞く。
「ダチの為」
即答だった。
「レオンの為になるからな」
その言葉に、
アッシュは一瞬だけ黙り――
「……はは」
小さく笑った。
「やっぱお前、そういうやつだよな」
口角を上げる。
「決まりだ」
シンの手から依頼書を抜き取る。
「行くぞ」
「……ああ」
二人は同時に踵を返す。
ざわめきの中を抜け、掲示板から離れていく。
向かう先は――
バルディオス。
そして、見えない“何か”が蠢く場所へ。




