教官の壁
依頼受注窓口を後にした二人は、その足で学園へと戻っていた。
手には、受理された依頼。
ファルガの名前が記された、それ。
「……まずは報告、だな」
ユージンが言う。
レオンは短く頷いた。
「ああ。さすがに黙っては動けない」
二人は進路を変え、そのまま職員室へと向かう。
---
職員室の扉を叩く。
「入れ」
中から、ディルクの声。
扉を開けると、いつもと変わらない光景。
書類に目を通している教官たち。
その中で、ディルクはすぐに二人に気づいた。
「……どうした」
短い問い。
レオンは一歩前に出る。
「依頼を受けたから報告に来た」
そのまま、魔道具を差し出す。
ディルクはそれを受け取り、内容を確認する。
視線が流れる。
依頼者欄。
条件。
報酬。
そして――
一瞬、止まる。
空気が、わずかに変わった。
ディルクの目つきが変わる。
静かに、だが確実に。
「……」
無言の時間が流れる。
数秒。
だが、それは長く感じられた。
やがて――
「……許可できぬな」
低く、はっきりとした声。
その一言で、空気が張り詰める。
レオンの眉がわずかに動く。
「……なんでだ」
抑えた声。
だが、明確な反発が滲む。
ディルクは視線を外さず、言う。
「理由は明白だ」
依頼内容を軽く持ち上げる。
「“護衛任務”としか記されていない」
淡々とした指摘。
「期間は未定。詳細不明。危険性の記載もなし」
一つずつ、事実を並べる。
「加えて――」
わずかに間を置く。
「“剣を扱える魔導士”という条件」
その視線が、レオンへ向く。
「露骨にお前を指名している」
逃げ場のない指摘だった。
ユージンが小さく息を呑む。
ディルクは続ける。
「依頼主はファルガ」
その名を、重く口にする。
「何を企んでいる」
問いというより、確認だった。
レオンは一瞬、言葉を詰まらせる。
(……どう言う)
考える。
誤魔化すか。
濁すか。
だが――
その前に、ユージンが一歩前に出た。
「……ディルク教官」
静かに言う。
「事実をお伝えします」
レオンが視線を向ける。
ユージンは迷わなかった。
「この依頼は、教国へ向かうための手段です」
はっきりと。
包み隠さず。
ディルクの目が、わずかに細くなる。
ユージンは続ける。
レイの母との会話。
教国へ行く条件。
そして――
“名案”として提示された、この依頼。
全てを、順を追って説明する。
職員室の空気が、静まり返る。
他の教官たちも、わずかに耳を傾けていた。
話し終える。
沈黙が落ちる。
ディルクは何も言わない。
ただ、じっと考えている。
その時間が、やけに長く感じられた。
やがて――
小さく息を吐く。
「……なるほどな」
低く呟く。
視線を落とし、依頼書をもう一度見る。
そして――
「明日、追って連絡する」
顔を上げる。
「判断は保留だ」
レオンが口を開きかけるが、それを手で制する。
「依頼主には、こちらから連絡を入れる」
淡々と告げる。
「明日まで延期してもらうよう手配する」
決定事項だった。
反論の余地はない。
「それまでは動くな」
強く言い切る。
レオンは歯を食いしばるように一瞬だけ黙り――
「……分かった」
低く答える。
納得ではない。
だが、従うしかない。
ユージンも頷いた。
「お願いします」
ディルクはそれ以上何も言わなかった。
視線を書類へ戻す。
話は終わりだと示すように。
二人は軽く一礼し、職員室を後にする。
---
扉が閉まる。
廊下に出た瞬間、張り詰めていた空気が少しだけ緩む。
しばらく無言で歩く。
やがて――
「……止められるとは思ったけどな」
レオンが呟く。
苛立ちが、わずかに滲む。
ユージンが苦笑する。
「むしろ、あの内容で即許可されたら怖いよ」
それも事実だった。
「でも……」
少しだけ表情を引き締める。
「完全に否定されたわけじゃない」
レオンもそれは理解していた。
「……ああ」
ディルクは、“止めた”わけではない。
“保留にした”。
つまり――
見極めている。
「明日、か」
レオンが空を見上げる。
夕方の光が差し込む廊下。
「どうなるかな…」
ユージンが静かに言う。
二人は足を止めない。
進むしかない。
選んだ以上――
引き返す気はなかった。




