依頼書
いつも通りの朝。
いつも通りのホームルーム。
ディルクの声が教室に響く。
だが――
(……早く終われ)
レオンの意識は、完全に別の場所にあった。
机に肘をつきながら、視線だけがわずかに落ち着かない。
頭の中にあるのは一つだけ。
依頼受注窓口。
あの“名案”の正体。
それを、早くこの目で確かめたかった。
「――以上だ。各自、任務に移れ」
その一言が終わると同時に――
レオンは立ち上がっていた。
椅子が引かれる音もそのままに、教室を飛び出す。
「ちょっ、レオン!」
ユージンが慌てて後を追う。
廊下を早足で進む。
ほとんど駆けるような勢いだった。
「そんな急がなくても――」
「取られたら終わりだ」
レオンは即答する。
振り返らない。
「万が一、他の奴に取られたら……」
その言葉は、途中で切れた。
言わなくても分かる。
ユージンは小さく息を吐きながらも、歩調を合わせた。
「……分かったよ」
---
依頼受注窓口。
石造りの広い空間。
掲示板と受付。
多くの魔導士たちが行き交う場所。
だが――
レオンは迷わない。
一直線に受付へ向かう。
「受注を」
短く告げる。
同時に、ディルクから渡された魔道具を差し出す。
受付の職員がそれを受け取り、軽く確認する。
「四級魔導士ですね。確認しました」
事務的な口調。
「現在受注可能な依頼を提示します」
魔道具に魔力を流す。
次の瞬間――
情報が展開される。
レオンはそれを掴むように操作し、一覧を開く。
視線が走る。
そして――
止まる。
「……あった」
低く呟く。
ユージンが横から覗き込む。
その依頼の、依頼者欄。
そこに記されていた名前。
――ファルガ。
二人の間に、短い沈黙が落ちる。
レオンが詳細を開く。
■依頼内容:護衛任務
■期間:未定
■条件:剣を扱える魔導士/追加メンバー有り
■報酬:1000ギル
表示された内容は――
あまりにも簡素だった。
そして――
あまりにも、異質だった。
数秒。
二人は無言でそれを見つめ――
同時に、笑った。
「……期間未定で、たったの1000ギルか」
レオンが言う。
呆れたような、それでいて納得したような声。
「それ以前に」
ユージンが続ける。
「“剣を扱える魔導士”って……」
ちらりとレオンを見る。
「実質、レオン指名の依頼書だね」
否定する余地はなかった。
ここまで露骨なら、むしろ清々しい。
レオンは迷わず、依頼を確定する操作に移る。
そのまま受付へ魔道具を差し出した。
「これを受ける」
職員が内容を確認する。
そして――
一瞬だけ、表情を変えた。
「……こちらの依頼でよろしいのですか?」
確認の声。
明らかに、“普通ではない”という反応。
「報酬も最低額であり、期間も未定です。危険性の保証も――」
「いい」
レオンが遮る。
即答だった。
ユージンも軽く頷く。
「これでお願いします」
職員は二人を見比べる。
ほんの一瞬の間。
だが、その目には“理解”があった。
「……承知しました」
静かに頷く。
「依頼、受理します」
魔道具に処理が走る。
登録完了の光が一瞬だけ灯る。
「これより、当該任務はお二人に割り当てられます」
事務的な宣言。
だが――
その意味は重い。
レオンは小さく息を吐いた。
「……取ったな」
ユージンが苦笑する。
「取ったね」
周囲のざわめきが、どこか遠く感じる。
これでいい。
これで、進める。
「行くか」
レオンが言う。
その視線は、すでに次を見ていた。
「ああ」
ユージンも応じる。
二人はその場を後にする。
手にしたのは、たった1000ギルの依頼。
だが――
その先に繋がるものは、決して小さくない。
むしろ――
ここからが、本当の始まりだった。




