レイの母
教室を出たレオンとユージンは、言葉少なに廊下を進んでいた。
手の中には、新たに渡された魔道具。
四級魔導士としての証。
その重みを、まだ完全には飲み込めていない。
「……行くか」
レオンが言う。
ユージンは小さく頷いた。
「うん。」
向かう先は決まっている。
転移施設。
そして――ヴァルグラント。
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光に包まれ、景色が切り替わる。
活気のある街並み。
人の熱気。
踏みしめる地面の感触すら、どこか力強い。
二人は迷わず歩き出す。
一直線に向かう先は――レイの家。
数日前に訪れたばかりの場所。
だが今回は、目的が違う。
扉の前に立つ。
レオンがノックをする。
コンコン、と乾いた音。
しばらくして、扉が開いた。
「……あら、レオン?」
顔を出したのはレイだった。
少し驚いたような表情。
「ユージンも一緒なのですね。どうしたんですか?」
「ちょっとな」
レオンが短く答える。
ユージンが苦笑しながら補足する。
「お母さんに用があってね」
「ああ、なるほど」
レイはすぐに理解したように頷いた。
「入ってどうぞ」
扉を開け、二人を中へ通す。
室内に入ると――
「いらっしゃい」
落ち着いた声。
レイの母が、すでにそこにいた。
まるで来ることを分かっていたかのように。
二人は軽く頭を下げる。
「今日は、どうしました?」
穏やかな問い。
ユージンが口を開こうとしたが、その前にレオンが言った。
「今日から、正式に四級魔導士になりました。」
簡潔に、事実だけを伝える。
一瞬の間。
そして――
「……そう」
レイの母は柔らかく微笑んだ。
「おめでとうございます」
その言葉には、しっかりとした祝福が込められていた。
ユージンも軽く頭を下げる。
「ありがとうございます」
レイは少し驚いたように目を見開いていた。
「本当ですか……すごい」
小さく呟く。
その反応も自然だった。
だが――
レイの母はすでに次の話へ進んでいた。
「それなら、ちょうどいいですね」
静かに言う。
二人の視線が集まる。
「明日には」
ゆっくりと続ける。
「ファルガさんにお願いして、“とある依頼”を出す手筈を整えています」
その言葉に、空気がわずかに変わる。
「依頼……?」
ユージンが聞き返す。
「ええ」
レイの母は頷く。
「あなたたちは、それを受注してください」
あまりにも自然に言われる。
だが――
その意味は大きい。
レオンが目を細める。
「……それが、“名案”か」
「そうです」
迷いのない答え。
「教国へ向かうための、一つの道になります」
はっきりと言い切る。
ユージンの表情が引き締まる。
「具体的には……?」
「それは明日、依頼の形で説明されます」
それ以上は語らない。
意図的に伏せているのが分かる。
レオンは小さく息を吐く。
「……分かった」
深くは追及しない。
今は、それで十分だった。
レイが腕を組みながら言う。
「ファルガさんが絡むってことは、楽な仕事じゃなさそうね」
どこか楽しそうでもあり、警戒もしている声。
「ええ、簡単ではありません」
レイの母は否定しない。
「ですが――」
一度、言葉を切る。
「乗り越えれば、道は開けます」
その一言に、確かな重みがあった。
レオンとユージンは視線を交わす。
言葉は不要だった。
「……ありがとうございます」
ユージンが静かに言う。
レオンも小さく頷いた。
「助かる」
短いが、真っ直ぐな言葉。
レイの母は微笑むだけだった。
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家を出る。
外はすでに、夕暮れに染まり始めていた。
オレンジ色の光が街を包む。
しばらく無言で歩く。
やがて――
「……来たな」
レオンが呟く。
「うん」
ユージンも頷く。
「動き出したね」
止まっていたものが、動き出す。
ただ任務をこなすだけではない。
目的へ繋がる“選択”が始まる。
「明日、か」
レオンが空を見上げる。
沈みかけた太陽。
その先にある、まだ見えない道。
だが――
確実に繋がっている。
「……受けるぞ」
迷いはない。
ユージンが小さく笑う。
「もちろん」
その答えは、最初から決まっていた。
二人は歩き出す。
次の一歩へ。
その先に待つものへ――
物語は、新たな段階へと進む。




