ゼルガリア 静寂
窓の外に、見慣れない街並みが広がっていた。
石造りの建物。
行き交う人々。
穏やかな、日常。
レオンはしばらく、それを無言で見つめていた。
「……どうだい、体の方は」
後ろから、ユージンの声。
振り返ると、治療院の簡素なベッドの脇に立っている。
「問題ない」
短く答える。
実際、体の傷はほとんど癒えていた。
だが――
「そう」
ユージンはそれ以上何も言わなかった。
分かっているのだろう。
問題があるのは、“体じゃない”ことを。
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外に出る。
空気が違う。
血の匂いはない。
悲鳴もない。
それなのに――
どこか、現実感が薄い。
通りを歩く人々の声が、耳に入る。
「聞いたか?ゼルガイアの戦線」
「魔装兵器獣が出たってやつか?」
「ああ……討伐はされたらしいが――」
レオンの足が、止まる。
自然と、耳を傾ける。
「壊滅的だったらしいぞ」
「部隊、ほとんどやられたって話だ」
「増援も出てるし、拠点も下げるって……」
ざわざわとした声。
遠くの出来事として語られる“あの戦場”。
レオンは何も言わず、その場を離れた。
(……討伐は、されたのか)
あの化け物。
あれを倒した。
だが、その代償がどれほどのものだったかは――想像に難くない。
拳が、自然と握られる。
そして。
ふと、思い出す。
あの瞬間。
自分を突き飛ばした影。
「……あいつ」
足が、動いた。
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聞き込みは、すぐに始めた。
特徴ははっきりしている。
兎の獣亞人。
前線で戦っていた兵士。
何人かに尋ねると、すぐに反応があった。
「ああ、兎種の……」
「小隊長だよ。強かったな……」
その言葉に、胸がわずかに締まる。
「名前は?」
「ラビィーナだ」
レオンは、静かに頷く。
「……家族は」
「街の外れに住んでるはずだ。妹がいたな」
場所を聞く。
礼を言い、その場を離れる。
足取りは、重かった。
それでも――止まらなかった。
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街外れの、小さな家。
派手さはない。
だが、丁寧に手入れされているのが分かる。
レオンはしばらく、その前に立っていた。
ノックする手が、わずかに止まる。
(……何て言う)
言葉が浮かばない。
それでも――
コンコン、と扉を叩いた。
しばらくして、扉が開く。
現れたのは、小柄な兎の獣亞人の少女だった。
長い耳。
どこか面影がある。
「……どちら様ですか?」
警戒と、不安が混じった声。
レオンは一瞬、言葉を失い――
「……ラビィーナのことで来た」
それだけを、なんとか絞り出す。
少女の表情が、固まる。
「……お姉ちゃんの?」
小さく呟く。
レオンは、ゆっくりと頷いた。
「戦場に、いた」
その一言で、十分だった。
少女の手が、わずかに震える。
「……中、どうぞ」
静かな声で、道を開ける。
レオンは中へ入った。
部屋の中は、質素だった。
だが、どこか温かみがある。
壁には、小さな装飾。
二人で過ごしてきた時間が、感じられる空間。
少女――ロップは、レオンの向かいに座る。
「……教えてください」
その声は、震えていた。
「お姉ちゃん、最後……どうだったんですか」
まっすぐな問い。
逃げ場はない。
レオンは、目を閉じる。
そして――
話し始めた。
戦場のこと。
魔装兵器獣のこと。
そして――
自分を突き飛ばした、あの瞬間。
言葉は、重かった。
一つ一つが、胸に沈む。
話し終えたとき。
部屋には、静寂が落ちていた。
ロップは、俯いている。
肩が、わずかに震えている。
「……そう、ですか」
小さな声。
涙が、ぽたりと落ちる。
「……あの人、昔から無茶ばっかりで」
かすれた笑い。
「でも……ちゃんと、誰かを守る人でした」
顔を上げる。
涙で濡れた目。
それでも――
まっすぐだった。
「……ありがとうございます」
深く、頭を下げる。
「お姉ちゃんを、見ててくれて」
レオンは、何も言えなかった。
ただ、その言葉を受け止めることしかできない。
「……助けられなかった」
ようやく、口にする。
絞り出すような声。
「俺が、もっと――」
「いいんです」
ロップが、首を振る。
「お姉ちゃんは、自分で選んだんです」
静かな声。
「誰かを守るために、前に出るって」
その言葉は、強かった。
「……だから」
一度、息を吸う。
「あなたが、生きてくれてよかった」
微かに、笑う。
涙を浮かべたまま。
その笑顔に。
レオンは、言葉を失った。
胸の奥にあった重さが、少しだけ形を変える。
消えはしない。
だが――
ただの後悔では、なくなる。
レオンはゆっくりと立ち上がる。
「……行く」
短く告げる。
ロップは小さく頷いた。
「……はい」
扉を開ける。
外の光が差し込む。
一歩、外へ出る。
空を見上げる。
青い空。
変わらない日常。
だが――
レオンの中で、何かが確かに変わっていた。
(……無駄にしない)
ディルクの言葉が、よぎる。
拳を握る。
静かに。
だが、確かに。
前を向いた。




