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ゼルガリア 消失

背後の喧騒が、わずかに変わり始めていた。

怒号は減り、金属のぶつかり合う音も途切れ途切れになる。押されていた戦線が、確かに押し返し始めている気配だった。

空いた兵たちが、流れ込むように前線へと集まり――そして、その足が止まる。

「なんだ……あれ……」

誰かの震えた声。

その視線の先にあったものを、レオンも見た。

――魔装兵器獣。

言葉が、消えた。

巨大な体躯。常識を逸脱した輪郭。生物のようでありながら、どこか無機質な歪みを孕んだ存在。

“あれ”は、どちらにも属していない。

ただ、そこに在るだけで、戦場の理を壊していた。

「……っ」

レオンは歯を食いしばる。

考える前に、体が動いていた。

「行くぞ!」

数人の兵と共に踏み出す。距離を詰める。ただ一撃でも入れれば――その思考すら、甘かった。

魔装兵器獣の頭部が、わずかに動く。

次の瞬間。

「――なっ」

世界が、揺れた。

角だった。

ただ、振り抜かれた

それだけで、身体が宙を舞った。

「がっ……!」

叩きつけられる。肺の空気が強制的に押し出され、呼吸が止まる。遅れて、全身に衝撃が走った。

(……何だよ、今の……)

理解が追いつかない。

だが、敵は待たない。

魔装兵器獣は、すでに次の動作へと移っていた。

ゆっくりと体をこちらへ向ける。その背に備えられた砲身が、静かに持ち上がる。

「……っ、やば――」

本能が叫ぶ。

逃げろ、と。

だが、体が動かない。痛みか、恐怖か、それすら判別できない。ただ、動けない。

砲口が、こちらを捉える。

内部に光が集まり始める。

収束。圧縮。

明らかに先ほどとは桁が違う、圧倒的なエネルギー。

(……終わる)

そう思った、その瞬間。

「動けッ!!」

衝撃が、体を弾いた。

誰かに突き飛ばされる。視界が回転し、地面を転がる。

「――っ!?」

顔を上げた。

そこに立っていたのは、兎種の獣亞人だった。

「何してんだよ……!」

怒鳴る声。

その直後。

光が、弾けた。

――轟音。

すべてを呑み込む白。

視界が焼け、思わず目を閉じる。熱と衝撃が空気ごと押し寄せ、世界そのものが歪む。

ほんの一瞬。

だが、それは永遠のように長く感じられた。

やがて、光が引く。

レオンはゆっくりと目を開けた。

霞む視界。焦点が合う。

そして――

「……あ……」

声にならない声が、漏れた。

そこにあったのは、さっきまで隣にいたはずの兵たちだった。

だが、もう“人”の形をしていない。

地面は抉れ、焼け焦げ、散らばるのは――断片。

誰が誰だったのかも、分からない。

音が、消えた。

何も聞こえない。

思考も、止まる。

ただ、その光景だけが網膜に焼き付いて離れない。

そのとき――

「――レオン!」

声。

次の瞬間、背中を強く引かれた。

体が宙に浮く。

「っ!?」

振り返る。

巨大な翼。雷を纏う羽。

「……サンダーバード……?」

ディルクの召喚獣だった。

その鉤爪に掴まれ、強引に空へと引き上げられる。戦場が、急速に遠ざかっていく。

「離せ……!」

叫ぶ。

だが、サンダーバードは止まらない。

「離せって言ってんだろ!!」

声を張り上げても、届かない。

そのまま後方へと運ばれ、拠点奥へと降ろされた。

着地と同時に、レオンは踏み出す。

「何してんだよ、あいつを倒さなきゃ!」

だが、その腕を掴まれた。

「……落ち着け」

低い声。

ディルクだった。

「離せ!」

「聞け」

その一言で、動きが止まる。

冷静な視線が、まっすぐにレオンを貫く。

「拠点奥に簡易転移装置を設置してある。撤退準備は完了している」

淡々とした報告。

「ゼルガイア側からも避難許可が下りた」

「……は?」

理解が追いつかない。

「撤退する」

その一言が、現実を突きつけた。

「……まだ、戦ってるだろ」

低く、絞り出す声。

「終わってねぇ」

「我々の任務は治療支援だ」

ディルクの声は揺れない。

「これ以上の戦闘介入は、任務の逸脱になる」

「でも――」

「繰り返すな」

言葉が、止まる。

「お前がやるべきことは、ここじゃない」

正しい判断。

だからこそ――重い。

「……っ」

納得できるはずがなかった。

そのとき。

「……いいんだ」

静かな声が、割って入る。

振り向くと、そこにはゼルガイアの兵士が立っていた。

傷だらけの身体。それでも、まっすぐに。

「お前たちのおかげで、助かった」

穏やかな声だった。

「ここからは――俺たちの戦場だ」

優しく、そう言った。

その言葉に、返す言葉はなかった。

あるはずがなかった。

レオンは拳を握りしめる。

悔しさだけが、胸の奥で渦巻く。

「行くぞ」

ディルクの声。

振り返れば、ユージンたちも集まっている。皆、疲弊しきっていた。それでも、生きている。

レオンは一度だけ、戦場を振り返った。

戦いは、まだ終わっていない。

それでも――

背を向けた。

転移装置へと足を進める。

足元に光が広がる。

視界が白に染まる。

――戦場からの離脱。

それは、生還であり。

同時に――

置いてきた現実を、決して消えない形で刻みつけるものだった。

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