ゼルガリア 唸り声
迫り来る魔力の奔流。
空気そのものが軋み、逃げ場などないと本能が告げる。
レオンは足を止めなかった。
その隣で――
「――来い」
低く、重い詠唱が響く。
ディルクだった。
いつもの簡易的な召喚ではない。
空気が変わる。
周囲のマナが、明らかに歪み始めた。
「……これは」
レオンが目を見開く。
次の瞬間。
空間が裂けた。
現れたのは――頭部だけ。
巨大で、禍々しく、見る者の本能に直接恐怖を叩きつける存在。
歪に裂けた口。
異様に光る眼。
まるで“悪魔”そのもの。
「アルバ=ロトム」
ディルクが低く告げる。
その声には、わずかな緊張が混じっていた。
召喚された存在は、ゆっくりと口を開く。
その奥に、凝縮された魔力が渦巻く。
同時に――
敵陣が、再び光った。
「――来る!」
第二波。
今度こそ、防ぎきれない。
だが、
「……合わせろ」
ディルクの声。
短く、確実な指示。
レオンは息を吸う。
マナの流れを掴む。
敵の魔法。
アルバ=ロトムの魔弾。
その二つの“流れ”を、同時に認識する。
(ここだ)
次の瞬間。
アルバ=ロトムが咆哮と共に、魔弾を吐き出した。
圧縮された暴力。
それに、レオンは踏み込む。
「――っ!」
詠唱はない。
ただ、叩き込む。
己のすべてを乗せた一撃。
二つの力が重なり――
敵の魔法と、正面から衝突した。
轟音。
光が弾け、空間が震える。
次の瞬間――
爆ぜた。
衝撃が周囲を薙ぎ払い、風圧が地面を抉る。
土煙が舞い上がる。
そして――
静寂。
「……相殺、した……?」
誰かの呟きが聞こえる。
完全ではない。
だが、確実に威力は殺した。
防ぎきった。
一瞬だけ、場に安堵が広がる。
だが――
「……はぁ……っ」
背後で、崩れる音。
振り向く。
ディルクが、片膝をついていた。
「おい……!」
レオンが駆け寄る。
ディルクの呼吸は荒い。
額には汗が滲み、顔色も明らかに悪い。
「……大丈夫か?」
レオンが言う。
ディルクは小さく息を吐いた。
「言うな……」
かすれた声。
「これは……何発も使える代物じゃない」
アルバ=ロトムの頭部が、ゆっくりと霧散していく。
召喚の維持すら、限界だった。
「……次はない、と思え」
その言葉は、事実だった。
レオンは歯を食いしばる。
そのとき。
「今だ!押し込めぇぇ!!」
怒号が戦場に響く。
ゼルガイア兵たちが、一斉に前へ出た。
今の衝撃で、敵の陣形がわずかに崩れている。
そこを逃さない。
盾を構え、剣を振るい、距離を詰める。
リンク魔法の最大の強み――
“距離を取った一斉攻撃”
それを潰す動き。
「乱戦に持ち込む気か……!」
ユージンが息を呑む。
近距離戦になれば、あの連携は機能しない。
だが同時に――
純粋な戦力差が問われる。
戦場が、一気に混沌へと変わる。
叫び声。
金属音。
血の匂い。
全てが混ざり合う。
その中で。
ディルクが、顔を上げた。
「……レオン」
「なんだ」
短く返す。
「敵陣の何処かにいる転移魔法使い達を探せ」
一瞬、思考が止まる。
「……さっきの」
「接近に気づけなかった原因だ」
ディルクの目は鋭かった。
「奴らがいる限り、戦況は安定しない」
確かに。
どこからでも増援を呼ばれる。
退路も断たれる。
戦場そのものを支配される。
「見つけて、叩け」
それは命令だった。
だが同時に――
「……お前にしか出来ん」
そう言っているようでもあった。
レオンはゆっくりと立ち上がる。
視線を戦場へ向ける。
混沌。
だが――見える。
マナの流れ。
不自然な歪み。
(いるな……)
奥だ。
敵陣のさらに後方。
「……分かった」
短く答える。
「行ってくる」
ユージンが息を呑む。
「一人でか!?」
「他に行ける奴がいない」
それが現実だった。
ディルクは何も言わない。
ただ、わずかに頷いた。
それで十分だった。
レオンは一歩、踏み出す。
戦場の中へ。
剣と魔法が交錯する最前線へ。
その奥にいる、“核”を潰すために。
(……やってやる)
次の瞬間。
レオンの姿が、戦火の中へと消えた。




