表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/64

ゼルガリア 選別

ゼルガリアに近づくにつれて、空気が変わっていった。


乾いている。


土の匂いに混じって、微かに焦げたような臭いが鼻につく。


遠くに見えるのは、黒く燻る煙。


あれが、戦場だ。


「……これが」


レオンは小さく呟いた。


その声に、ディルクが答えることはなかった。


ただ前を歩き続ける。


やがて、一行は簡易的に設営された野営地へと辿り着いた。


布と木材で作られた粗末な拠点。


その周囲には――


人が、倒れていた。


いや、“並べられていた”。


「次!こっちだ!」


怒号が飛ぶ。


担架が運ばれる。


血の匂いが、一気に濃くなる。


レオンの足が、わずかに止まった。


「……動け」


ディルクの低い声。


それだけで、思考が引き戻される。


「ここは戦場だ。立ち止まる場所じゃない」


「……ああ」


短く返し、レオンは足を動かした。


中へ入る。


そこは――地獄だった。


腕のない兵士。


足が潰れたまま、呻き続ける者。


焼けただれた皮膚。


止まらない出血。


「水を……」


かすれた声が、足元から聞こえる。


視線を落とすと、若い兵士が手を伸ばしていた。


だがその手は、途中で力を失い、地面に落ちる。


誰も止まらない。


止まれない。


「回復魔導士だ!こっちに回せ!」


怒鳴る声に引き寄せられるように、ユージンたちが動く。


「状態は!?」


「腹部損傷!出血多量!」


「……間に合うか」


ユージンが歯を食いしばる。


それでも、手をかざした。


「――回復、開始します!」


光が、傷口を包む。


だが――


「ぐっ……!」


顔が歪む。


魔力の消耗が、明らかに激しい。


「次、運べ!」


「こっちもだ!」


休む暇などない。


一人終われば、次。


また次。


終わりが見えない。


レオンは、その光景を見ていた。


拳を、強く握りしめる。


(……多すぎる)


間に合っていない。


明らかに、足りていない。


人も、時間も、何もかも。


そのとき。


近くで、低い声がした。


「……随分と、丁寧だな」


振り向くと、ゼルガリアの兵士が立っていた。


鋭い目つき。


疲労と警戒が入り混じった視線。


「ルミナリアの魔導士様は、もっと効率重視かと思ってたが」


その言葉には、わずかな皮肉が混じっていた。


レオンは何も言わない。


代わりに、ディルクが口を開く。


「依頼内容に従っているだけだ」


淡々とした声。


感情は一切乗っていない。


「我々は治療のために来ている。それ以上でも、それ以下でもない」


兵士は鼻で笑った。


「……なるほどな」


その目が、負傷者たちへと向く。


「助けるためじゃない、ってわけか」


誰も否定しない。


否定できない。


それが事実だった。


これは“救援”ではない。


契約だ。


利益のための行動。


だから――


「このラインから先には出るな」


兵士が言う。


簡易的に張られたロープの向こう側。


そこは、さらに損傷の激しい者たちが運び込まれている区域だった。


「そこは、もう“選別”済みだ」


言葉の意味を理解するのに、時間はかからなかった。


「……助からない奴ら、か」


レオンの声は低かった。


兵士は肩をすくめる。


「魔力にも限界があるんだろ?だったら使う場所は選べ」


当然の理屈。


合理的な判断。


だが――


「……っ」


レオンは、一歩踏み出しかける。


その瞬間。


「やめろ」


ディルクの声。


足が止まる。


「任務外行動は許可しない」


「でも――」


「これは戦争だ」


言葉を遮るように、ディルクが言い切る。


「全てを救える場所ではない」


静かな声だった。


だが、その重みは圧倒的だった。


レオンは歯を食いしばる。


視線の先。


ロープの向こうで、誰かが倒れた。


動かない。


誰も近づかない。


(……ふざけんなよ)


心の奥で、何かが軋む。


だが――動けない。


動けば、規律を破る。


ここでは、それが全てだ。


ユージンの声が、背後から響く。


「レオン!」


振り返る。


「手が足りない!こっちを――!」


一瞬の迷い。


そして、


「……分かった」


レオンは背を向けた。


ロープの向こうではなく――


今、救える側へ。


それでも。


その日、レオンの中に残ったのは――


達成感ではなかった。


ただ、拭いきれない違和感と、


どうしようもない無力感だけだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ