自由都市ゼルガリア
数日が過ぎた。
任務はこなしている。
だが――どれも似たようなものだった。
調査、確認、報告。
それを繰り返すだけ。
教室の窓から外を眺めながら、レオンは小さく舌打ちを飲み込んだ。
(……またか)
机の上に置かれた任務書に目を落とす。
内容は、近隣区域の巡回補助。
危険度は低。戦闘の可能性、ほぼなし。
「仕方ないよ」
向かいの席から、ユージンの声が飛んでくる。
「任務は選べない。特に僕たちはまだ“評価段階”なんだから」
「分かってる」
短く返す。
頭では理解していた。
だが――
「……納得は、できないけどな」
その言葉は、ほとんど独り言だった。
周囲から、ちらほらと声が聞こえてくる。
「昨日さ、魔物出たんだよ」
「マジか?どんなやつ?」
「中型。二体。まぁ、なんとかなったけどな」
戦果の話。
笑い声。
達成感の混じった声。
レオンは無意識に視線を逸らした。
ユージンがそれを横目で見て、小さく息をつく。
「焦るのは分かる。でも――」
言いかけたところで、
ガラリ、と教室の扉が開いた。
「……来たか」
空気が変わる。
ディルクが、いつも通りの無駄のない動きで教室に入ってくる。
生徒たちはすぐに姿勢を正した。
ディルクは手に持っていた束を机の上に置くと、一人ひとりに視線を向けた。
「本日の任務書を配布する」
それだけ言うと、順に紙を配っていく。
教室に、紙の擦れる音だけが響く。
レオンの前にも一枚置かれる。
ちらりと見る。
――やはり、似たような内容だった。
小さく息を吐く。
そのとき。
「ユージン」
不意に名前が呼ばれた。
教室の空気がわずかに揺れる。
ユージンは驚いたように顔を上げた。
「……はい」
「お前は別任務だ」
ディルクの声は変わらず淡々としている。
だが、その一言の重みは違った。
「ゼルガリアから要請が入った」
ざわり、と教室がざわつく。
ゼルガリア。
現在、戦火の中心にある国の一つ。
「前線において負傷者が増加している。回復魔導士の派遣依頼だ」
一気に空気が引き締まる。
「本任務には、私も同行する」
その言葉で、ざわめきはさらに広がった。
教官直々の同行。
それが意味するものは明白だった。
「お前の他に、三級魔導士を二名選出済みだ。計四名での派遣となる」
ユージンは一瞬だけ言葉を失い――
「……了解しました」
静かに頷いた。
その横で。
レオンの視線が、ゆっくりとディルクへ向けられる。
(……ゼルガリア)
戦場。
実戦。
今までとは明らかに違う場所。
ユージンがちらりと横を見る。
そして、ほんのわずかに口元を緩めた。
「……教官」
「なんだ」
「一つ、提案があります」
教室の視線が集まる。
ユージンは、迷いなく言った。
「万が一に備えて、もう一名。戦闘要員を追加した方がいいかと」
「後方支援任務だ。戦闘の可能性は低い」
即座に返される。
想定通りの反応。
だがユージンは引かない。
「“低い”だけで、ゼロではありません」
理詰めの声音。
「負傷者の多さから見ても、前線の状況は安定していない可能性が高い。護衛が一人増えるだけで、リスクは大きく下がります」
ディルクは黙る。
その視線が、ゆっくりとユージンから――横へと移る。
レオン。
視線がぶつかる。
その瞬間。
レオンは何も言わなかった。
ただ――真っ直ぐに見返した。
逸らさない。
言葉の代わりに、意思だけをぶつける。
(行かせろ)
空気がわずかに張り詰める。
ディルクは小さく息を吐いた。
「……お前の任務はどうなっている」
「近隣巡回です」
即答する。
「危険度は低。代替は可能です」
ディルクは一瞬だけ考え――
「……いいだろう」
教室の空気が揺れる。
「任務内容を再確認し、配置を調整する」
レオンの任務書を取り上げ、軽く目を通す。
「問題ない。こちらに組み込む」
紙を返しながら、短く告げた。
「準備しておけ。出発は早い」
「……はい」
レオンの声は、わずかに低かった。
だがその内側には、確かな熱があった。
横でユージンが小さく笑う。
「よかったね」
「ああ」
短く答える。
その目は、もう先を見ていた。
ゼルガリア。
戦場。
ようやく――
止まっていた時間が、動き出す。




