インターン
学園の外れに広がる森は、どこか不自然な静けさを帯びていた。
本来であれば、魔物の気配や小動物のざわめきがあるはずの場所。だが今は、風が枝を揺らす音だけがやけに耳に残る。
「ここが今回の調査区域だ」
先頭を歩いていた男――デニールが足を止めた。
四級魔導士。土属性の使い手らしく、足元の地面を軽く踏みしめながら周囲を見渡している。
その隣で、大剣を肩に担いだ男が軽く手を挙げた。
「っと、まだ自己紹介してなかったな」
陽気な声。
「俺はハイロ。ブロンズランクの剣士だ。よろしくな」
「レオンだ」
「ミレアです」
短く応じるレオンの隣で、ミレアが小さく会釈する。
ハイロは二人を見比べて、どこか楽しそうに笑った。
「いやー、実はさ。お前らのこと、ちょっと知ってんだよ」
「……?」
レオンが眉をひそめる。
「この前の模擬戦。見てたんだわ」
その一言で、空気が少しだけ変わる。
「ファルガさんとやってただろ?」
「ああ……」
思い出すだけで、圧倒的な差が蘇る。
レオンは小さく息を吐いた。
「全く歯が立たなかったけどな」
隠す気もなくそう言うと、ハイロは一瞬きょとんとしたあと――吹き出した。
「ははっ、そりゃそうだろ!」
あまりにもあっけらかんとした反応に、レオンはわずかに目を細める。
「ファルガさんに勝てるやつなんて、そうそういねぇよ。あの人は別格だ」
軽く言うが、その言葉には実感がこもっていた。
「むしろ、よくあそこまでやったって話だ」
レオンは何も返さなかった。
評価されているのはわかる。だが、それで納得できるほど軽い差ではなかった。
「……まぁいいか。っと、仕事仕事」
ハイロは肩を回しながら前を向く。
「タイラントリザードの痕跡調査だったな」
デニールが淡々と補足する。
「出現報告以降、この一帯は封鎖されている。生態系の変化と、巣の有無を確認するのが目的だ」
ミレアが小さく頷き、目を閉じる。
次の瞬間、彼女の周囲にわずかな魔力の波が広がった。
「……探知、展開します」
静かな声。
森の奥へと意識を伸ばしていく。
「……大型反応はなし。小型も、かなり減っています」
「やっぱりな」
デニールが地面に手を触れる。
わずかに土が盛り上がり、周囲の状態を伝えるように揺れた。
「この辺り一帯、縄張り化されてる可能性が高い」
ハイロが周囲を見回す。
「つまり、今はいねぇけど、いる可能性は高いってことか」
「そういうことだ」
警戒を維持したまま、一行は森の奥へと進んでいく。
だが――
結局、その日。
タイラントリザードの姿を目にすることはなかった。
痕跡はいくつか確認されたものの、巣らしきものも発見できず、調査は予定通り終了となる。
森の入口付近。
デニールは懐から紙を取り出し、ペンを走らせた。
「任務完了だ。確認として、ここにサインを」
レオンとミレアはそれぞれ名前を書き込む。
「これで報告は通る。ご苦労だった」
淡々とした締めの言葉。
どこかあっさりとした終わりだった。
---
学園へ戻る頃には、日が傾き始めていた。
門をくぐったところで、見慣れた姿が目に入る。
「リシェル」
呼びかけると、彼女は静かに振り向いた。
「……おかえり」
短い一言。
だが、どこか柔らかい響きだった。
「そっちはどうだった?」
レオンが尋ねる。
リシェルは少しだけ間を置いて答えた。
「……似たようなもの。調査だけ。戦闘はなし」
その言葉に、ミレアが小さく息をつく。
「こちらもです。痕跡はありましたが、接触はありませんでした」
「……そう」
リシェルはわずかに視線を落とす。
レオンも同じように肩の力を抜いた。
どこか、物足りない。
そんな空気が三人の間に流れる。
そのとき――
「おーい!」
聞き慣れた声が、少し離れた場所から響いた。
振り向くと、手を振りながらこちらに歩いてくるニクスの姿。
その表情は――やけに満足げだった。
「お前らも今帰りか?」
「まぁな」
レオンが答えると、ニクスはニヤリと笑う。
「こっちはな――初日から当たり引いたぜ」
「当たり?」
ミレアが首を傾げる。
ニクスは胸を張るように言った。
「海岸沿いの調査だったんだけどよ。出たんだよ、デカいのが」
一拍置いて、
「ジャイアントクラブ」
空気が変わる。
「討伐任務に切り替わってな。まぁ、俺が仕留めたけど」
どこまでも自慢げだった。
レオンは一瞬だけ沈黙し――
「……マジか」
ぽつりと漏らす。
「おう。初任務でいきなり実戦だ。運いいだろ?」
「……」
何も言い返せない。
その代わりに、じわじわと湧き上がるものがあった。
(先、越されたな……)
小さく舌打ちしそうになるのを抑える。
横を見ると、ミレアも少し悔しそうに目を伏せていた。
リシェルは無表情のままだが、わずかに視線がニクスに向いている。
ニクスはそんな空気など気にもせず、満足げに笑った。
「ま、次はお前らの番じゃねぇの?」
軽く言い放つその一言。
レオンは、ゆっくりと顔を上げた。
「……ああ」
短く答える。
だがその目には、さっきまでとは違う光が宿っていた。
静かな任務では終われない。
そう思わせるには――十分すぎる一日だった。




