ライセンス
朝の空気は、どこか張り詰めていた。
祝賀会の賑わいが嘘のように、学園の廊下は静かだった。窓から差し込む光だけが、ゆっくりと時間の流れを刻んでいる。
レオンは教室の自席に腰掛け、頬杖をつきながら外を眺めていた。
「……教国、か」
ぽつりと漏れた言葉に、正面の席に座るユージンが顔を上げる。
「転移施設は使えない。許可も降りない。正規ルートはほぼ封鎖……か」
彼は机に広げた簡易地図を指でなぞりながら、淡々と状況を整理していた。
「つまり、普通に行く方法は“ない”ってことだね」
「限りなく、な」
短く答えるユージンの横で、リシェルは何も言わずに窓の外を見ていた。だがその視線は、どこか遠く――この場にはない場所を見ているようだった。
しばし沈黙が落ちる。
打開策が出ないことは、全員わかっていた。
その沈黙を破ったのは、ユージンだった。
「……結局、レイに頼るしかないか」
「まぁな」
レオンがすぐに反応する。
ユージンは軽く頷いた。
「教国出身の血筋。内部事情を知っている可能性があるのは、彼女だけだ」
「でも、本人も詳しくは知らないって言ってなかったか?」
「だから“可能性”だよ。ゼロよりはマシだ」
理屈としては正しい。だが、それでも決定打には欠ける。
レオンは小さく息を吐いた。
「……結局、手詰まりか」
そのときだった。
ガラリ、と教室の扉が開く。
空気が一瞬で引き締まった。
「全員、席につけ」
低く、よく通る声。
入ってきたのはディルクだった。
雑談していた生徒たちも、反射的に動きを止める。椅子が引かれる音が重なり、教室はすぐに整然とした空気へと変わった。
ディルクは教壇に立つと、生徒たちを一瞥する。
「――今日から、お前たちの立場が一つ変わる」
ざわり、と小さな緊張が広がる。
レオンは姿勢を正し、前を見る。
ディルクは間を置かず、言葉を続けた。
「これまでお前たちは“生徒”だった。だが、ここからは違う」
その声音は、いつもよりわずかに重い。
「国の管理下における“準戦力”として扱われる」
空気が変わった。
軽いものではない。確実に、現実の重みを伴った言葉だった。
「具体的には――正規軍との合同任務だ」
一部の生徒が息を呑む。
「インターンとして各部隊に配属され、実戦、もしくはそれに準ずる任務に参加する」
淡々とした説明。しかし、その内容は明らかにこれまでとは次元が違った。
「そこでの成果、判断、行動。すべてが評価対象となる」
ディルクの視線が、一人ひとりを射抜くように巡る。
「そして――」
わずかに間を置き、
「認められた者から順に、“ライセンス”が発行される」
その言葉に、教室の空気が大きく揺れた。
ライセンス。
それは単なる資格ではない。
国家に認められた“戦力”である証。
同時に――自由に動く権利を得るための鍵でもあった。
レオンはわずかに目を細める。
(……自由に動ける、か)
頭の中で、ある可能性が浮かぶ。
教国。
閉ざされた場所。
正規ルートが使えないなら――
別の形で、近づくしかない。
ディルクの声が、再び教室に響く。
「甘く見るな。これは訓練ではない。実戦だ」
その一言で、浮ついた空気は完全に消えた。
「諸君の健闘を祈る」
静寂。
誰も動かない。
だが――誰一人として、目を逸らす者もいなかった。
レオンはゆっくりと息を吸う。
そして、静かに拳を握る。
(……道は、できたな)
まだ細い。だが、確かに繋がる可能性のある道。
教国へ。
そのための一歩が、今、目の前に提示されたのだった。




