失踪事件 ベッジ戦
■ 開幕
静寂は、一瞬で壊れた。
「――来いよ」
ベッジが手をかざす。
その指先に、わずかに魔力が収束する。
本来、その魔法は――
“受けて、返す”ものだった。
相手の魔法を捉え、そこに自分の魔力を上乗せし、威力ごと撃ち返す。
防御と攻撃を兼ねた、対魔法特化のカウンター術式。
だが――
(……何をする気?)
リシェルの目が細くなる。
ベッジは“何も受けていない”。
それでも、魔力は形を持ち――
――ドンッ!!
「ッ!?」
衝撃が、シンを正面から叩きつけた。
体が浮く。
肺の空気が一瞬で押し出される。
「――ぐ、ぁッ!!」
床へ叩きつけられ、滑る。
無理やり受け身を取るが、腕に鈍い痛みが走る。
骨まではいっていない――だが、軽くはない。
「……今の……!」
リシェルが息を呑む。
(…カウンターじゃない……!)
視線はベッジの手元へ。
魔力の残滓。
圧縮された痕跡。
(カウンター……いや、違う)
理解が追いつく。
(自分の魔力だけで“弾”を再現してる……!)
カウンター魔法の“返す”工程を省略し、純粋な出力だけを撃ち出す。
本来の用途から外れた――応用。
だがそれは。
(場数の差……!)
「どうした?」
ベッジが笑う。
「撃ってこねぇのか?」
次の瞬間。
――ドドドドッ!!
連続。
紫色の魔弾が空間を穿つ。
「チッ……!」
シンが横へ跳ぶ。
直後、さっきまでいた場所が抉れる。
石床が弾け、破片が頬を掠める。
焼けるような痛み。
リシェルも後退。
風圧だけでローブがはためく。
回避に専念するしかない。
「ほら、避けてばっかか?」
さらに連射。
一発一発は致命ではない。
だが――
肩をかすめる。
「ぐっ……!」
鈍い衝撃。
筋肉が痺れる。
(重ねられる……!)
リシェルが分析する。
(直撃が続けば、確実に削られる)
「めんどくせぇな……!」
シンが舌打ちする。
回避。
跳躍。
着地。
だが。
着地の瞬間を狙われる。
――ドンッ!!
「ッ……!」
脚に直撃。
体勢が崩れる。
踏ん張るが、膝が軋む。
防戦一方。
じわじわと削られていく。
「終わりか?」
ベッジが距離を詰める。
足音が重い。
逃げ場を潰すように、間合いを詰めてくる。
次の瞬間――
拳が振り抜かれる。
「っ!」
シンが受け流す。
だが、完全には流せない。
衝撃が腕を通して体に響く。
内臓が揺れる。
「――ぐぁッ!」
体勢が崩れる。
「遅ぇ」
追撃。
踏み込み。
もう一撃。
回避が――間に合わない。
その瞬間。
「――氷塊」
リシェルの声。
圧縮された氷の塊が一直線に飛ぶ。
ベッジの側面へ。
「……チッ」
気づくのが遅れる。
完全回避は不可能。
腕を前に出す。
――バキッ!!
氷が砕ける。
だが。
砕けただけでは終わらない。
衝撃が骨まで響く。
ベッジの体がわずかに揺れる。
「……今のは効いたな」
顔をしかめる。
受け流せていない。
リシェルの目が細くなる。
(……そういうこと)
ベッジの魔法。
カウンターが本質。
だが今は“空撃ち”。
つまり――
(完全自動じゃない)
反応。
判断。
防御。
すべて本人の処理。
同時に複数の対応を迫れば――
(処理が追いつかない)
小さく息を吐く。
視線をシンへ。
シンも、口元を歪める。
理解していた。
「……気づいたか?」
シンが言う。
息は荒い。
肩もわずかに落ちている。
それでも笑う。
リシェルが頷く。
「ええ」
短く。
「散らす」
「任せろ」
シンが消える。
低く、速く。
踏み込みの衝撃で、床がひび割れる。
左右に揺れる。
フェイント。
急加速。
「……チョロチョロと!」
ベッジが魔弾を連射する。
――ドドドドッ!!
だが当たらない。
掠めるだけ。
風圧が皮膚を裂く。
それでも止まらない。
背後。
振り向く。
いない。
横。
気配だけが残る。
(速ぇ……!)
確実に意識が削がれる。
狙いが定まらない。
処理が追いつかない。
その間。
リシェルは動かない。
静かに魔力を練る。
冷気が集まる。
空気が凍りつく。
呼吸が白く染まる。
床に霜が広がる。
魔力が圧縮される。
限界まで。
だが。
ベッジは気づかない。
視線はシンに固定されている。
「――こっちだ!」
シンが真正面に出る。
あえて。
止まる。
傷だらけの体で。
足は震えている。
それでも。
「舐めるな!!」
ベッジが魔弾を放つ。
全意識をそこに集中。
その一瞬。
「……おわり」
リシェルが解放する。
圧縮された氷塊。
質量と密度の塊。
死角。
斜め後方から――
直撃。
――ゴォンッ!!
鈍い音。
骨に響く衝撃。
ベッジの体が宙を舞う。
壁へ激突。
空気が震える。
衝撃が走る。
粉塵が舞う。
静寂。
やがて。
崩れ落ちる音。
ベッジの体が、動かない。
シンが息を吐く。
「……は……っ……」
一歩。
踏み出そうとして――
止まる。
膝が崩れる。
「……っ……」
限界だった。
最初の一撃。
連射。
打撃。
すべて蓄積している。
視界が揺れる。
音が遠のく。
「……悪ぃ……」
そのまま――
倒れる。
意識が落ちる。
リシェルがシンに駆け寄る
「…無茶をする」
小さく呟く。




