失踪事件 動き出す大人たち
■ 出立
夜。
学園の門前。
重装備の兵が整列していた。
無駄のない動き。
統制された空気。
その中央に、ディルクの姿がある。
「編成は以上だな」
「はっ」
短い応答。
本国から派遣された正規軍。
数も、質も、学生とは比べ物にならない。
「対象は町外れの洋館」
ディルクが地図を確認する。
「内部構造は不明。抵抗がある前提で動く」
淡々とした指示。
だが、その視線は鋭い。
「救出を最優先とする」
一拍。
「……レオンを含めて、だ」
短く付け加える。
兵たちは頷く。
異論はない。
「出るぞ」
号令。
隊が動き出す。
整然と。
確実に。
だが――
ディルクは知らない。
すでに。
別の“部隊”が先行していることを。
■ 檻の中
暗闇。
冷たい空気。
レオンはゆっくりと目を開けた。
視界がぼやける。
身体が重い。
(……ここは)
起き上がろうとする。
だが。
「無駄だ」
声。
前方。
そこに立っていたのは――セイル。
フードを外し、顔を見せている。
「魔封じの檻だ」
レオンは周囲を見る。
淡く光る格子。
空気が“淀んでいる”。
(……マナが、入らない)
外から取り込めない。
体内の流れも鈍い。
「気づいたか」
セイルが薄く笑う。
「君のような“例外”でも、これは効くらしい」
「……何が目的だ」
レオンが低く問う。
セイルは肩をすくめる。
「簡単な話だ」
一歩、近づく。
「君は“商品”だ」
迷いなく言い切る。
「……商品、だと」
「ああ」
淡々と続ける。
「価値のあるものは売る。それだけだ」
冷たい論理。
「どこに」
短い問い。
セイルは少しだけ楽しそうに笑う。
「錬成国家アルケミア」
初めて出る名。
「そこにある“裏”の組織が買い手だ」
ゆっくりと歩く。
「彼らは面白い研究をしていてね」
軽く手を広げる。
「捕虜を使って、“魔力の核”を抜き取る」
空気が一瞬で冷える。
「……なんだ、それ」
「そのままだよ」
簡単に言う。
「人間から魔法の根幹を取り出す技術だ」
レオンの目が細くなる。
「成功すれば――」
セイルは続ける。
「力の移植、再利用、兵器化。何でも可能になる」
まるで価値を語るように。
「そして君は、その素材として“非常に優秀”だ」
「……昔話をしよう」
セイルがふと口調を変える。
「古の大戦」
静かに語る。
「人と魔族が争った時代だ」
レオンは黙って聞く。
「当時の魔族は、今とは比べ物にならないほど“魔法に精通していた”」
指先で空をなぞる。
「人間が使うような“固有魔法”ではない」
一拍。
「もっと自由で、多様な魔法体系」
「……違うのか」
「根本的にね」
セイルは頷く。
「彼らは“マナをどう使うか”を理解していた」
ゆっくりと。
「だからこそ、応用が効く」
「だが――」
少しだけ目を細める。
「彼らは群れなかった」
静かな事実。
「個として完成しすぎていたからだ」
「……」
「結果、人間に敗れた」
あっさりと言う。
「数で押し潰された」
沈黙。
「……で?」
レオンが短く言う。
セイルが笑う。
「君だよ」
指を向ける。
「君の戦い方」
「魔法を“練らない”」
「武器や動きにマナを乗せる」
一つずつ並べる。
「そして、固定された型に縛られない」
ゆっくりと近づく。
「それは――」
低く言う。
「魔族のそれに酷似している」
空気が止まる。
「……は?」
レオンが眉をひそめる。
「理解していないのか」
セイルは少し驚いたように言う。
「自分がどれだけ異質か」
一歩、檻の前まで来る。
「君は“人間の魔法”から外れている」
はっきりと断言する。
「だから価値がある」
その目に、興味が宿る。
「だから売れる」
レオンは何も言わない。
ただ。
静かにセイルを見ていた。
その目には――
恐怖はない。
「……くだらないな」
ぽつりと呟く。
セイルがわずかに眉を上げる。
「ほう?」
「俺は俺だ」
短く言う。
「勝手に決めるな」
その一言。
セイルは、少しだけ笑った。
「いいね」
興味深そうに。
「そういう反応も含めて、“価値がある”」
「安心しろ」
セイルが背を向ける。
「すぐに出荷だ」
軽く手を振る。
「その前に、少し観察させてもらうがね」
扉の向こうへ歩いていく。
足音が遠ざかる。
残るのは――静寂。
魔封じの檻。
閉ざされた空間。
だが。
レオンの目は、死んでいなかった。
(……魔族、か)
頭の中で、言葉が反響する。
そして――
ゆっくりと、拳を握る。




