失踪事件 夜の兆し
■ 夜道
月明かりだけが頼りの道。
風が草を揺らす音だけが、静かに続く。
誰も無駄な会話はしない。
足音を殺し、進む。
その中で――
シンが、不意に手を上げた。
ピタリと止まる。
全員が同時に足を止める。
「……どうした」
ユージンが小声で問う。
シンは前方を指差す。
「……灯り」
目を凝らす。
遠く。
森の奥。
微かに揺れる光。
「焚き火……か?」
ニクスが呟く。
「分かんね」
シンが首を振る。
「ちょっと見てくる」
「単独は危険――」
ユージンが止める前に。
「すぐ戻る」
それだけ言って、シンは消えた。
音もなく、闇に溶ける。
残された者たちは、じっと待つ。
時間がやけに長く感じる。
やがて。
気配。
シンが戻ってくる。
息は乱れていない。
「……どうだった」
ユージンが問う。
シンは小さく笑った。
「面白いもん見た」
その言い方。
だが目は笑っていない。
「魔法生の制服」
一瞬、空気が止まる。
「……は?」
ニクスが眉をひそめる。
「何人かで野営してる」
淡々と続ける。
「見覚えある顔もいた」
「……失踪者」
リシェルが言う。
シンは首を横に振る。
「いや――“普通に動いてた”」
その意味。
重い沈黙が落ちる。
「……なるほど」
ユージンが静かに言う。
全員の視線が集まる。
「彼らは“失踪した”のではない」
一拍。
「最初から“繋がっていた”」
言葉が、はっきりと形になる。
「……スパイってことかよ」
ニクスが吐き捨てる。
「可能性は高い」
ユージンは頷く。
「敵の内部協力者……あるいは潜入要員」
リシェルが続ける。
「失踪は偽装」
「……クソが」
ニクスの拳が震える。
ミレアは唇を噛む。
「じゃあ……」
「ニクスとミレアだけが“本当に狙われた側”だ」
ユージンが断言する。
レオンの顔が、全員の脳裏に浮かぶ。
「……レオンも、か」
「ああ」
短い返答。
もう、疑いようはなかった。
「……どうする」
アッシュが低く問う。
ユージンは即答した。
「取り押さえる」
迷いはない。
「情報を引き出す」
「いいね」
シンが軽く笑う。
「俺が合図する」
全員が頷く。
位置につく。
息を潜める。
そして――
シンの手が、落ちた。
――一斉に動く。
闇から飛び出す。
「なっ――!?」
焚き火の周囲にいた連中が驚く。
だが遅い。
アッシュが一人を叩き伏せる。
レイが背後を取る。
ニクスが前を潰す。
リシェルの氷が逃げ道を封じる。
ユージンは即座に動きを止める。
数秒。
それだけで決着はついた。
縛り上げられた男の一人。
恐怖で顔が歪んでいる。
「……なんだ、お前ら……」
「質問する」
ユージンが冷静に言う。
「答えろ」
「知らねぇよ……!」
強がる。
だが。
リシェルの氷が、足元を凍らせる。
「次は凍結」
淡々と告げる。
男の顔色が変わる。
「……やめろ……!」
「誰の指示だ」
「……っ……!」
沈黙。
ニクスが一歩前に出る。
「時間ねぇんだよ」
低い声。
「さっさと吐け」
男は震える。
そして――
「……バルディオスだ……!」
吐いた。
「最初から……潜入してた……!」
「目的は」
ユージンが続ける。
「……元々は内部調査だったが目的が変わった……!」
息を荒げながら言う。
「探知魔法の女と……」
一瞬、言葉が詰まる。
「……もう一人……あの黒髪の奴……!」
レオン。
全員が理解する。
ミレアが目を見開く。
「……私と、レオン……」
ユージンが頷く。
「やはりな」
ニクスが歯を食いしばる。
「……最初から狙ってやがったのか」
「価値のある個体、ということだろう」
リシェルが淡々と言う。
だがその目は冷えていた。
「……行くぞ」
ユージンが言う。
「時間がない」
誰も反対しない。
縛ったままのスパイたちをその場に残す。
目的は一つ。
レオンの奪還。
そして――
ミレアを狙う敵の排除。
再び、夜道を進む。
さっきまでとは違う。
迷いは消えた。
敵も、目的も、はっきりした。
闇の奥。
その先にあるのは――
敵の本拠地。




