見えない境界
朝は、いつもと同じだった。
灰色の空。
冷えた空気。
湿った土の匂い。
だが——
「……静かだな」
カーシュがぽつりと呟いた。
レオンもそれは感じていた。
森の中だというのに、やけに音が少ない。
鳥の鳴き声も、枝を揺らす小動物の気配も、ほとんどない。
「昨日の場所、行ってみるか」
「うん」
二人は言葉少なに歩き出す。
雪はところどころに残っているが、踏み固められた地面は歩きやすい。
それでも、足音が妙に響く気がした。
しばらく進み、昨日の狩場に辿り着く。
だが——
「……いないな」
カーシュが眉をひそめる。
本来なら、ここは獲物が多い場所だ。
野兎や小型の獣が、必ず何匹かはいる。
それが、今日は一匹も見当たらない。
気配すら、ない。
「場所変える?」
レオンが言うと、カーシュは首を横に振った。
「いや……少し様子を見る」
しゃがみ込み、地面に視線を落とす。
指で雪を払い、土を露出させる。
足跡があった。
だが、それは見慣れたものではない。
「……これ」
レオンも覗き込む。
複数の足跡。
重なり合い、方向もバラバラ。
獣のものに似ているが、どこか違う。
「魔物、か……?」
カーシュが低く呟く。
その言葉に、レオンの背中に冷たいものが走った。
「でも、この辺って……」
「ああ。本来は出ない」
言い切る。
この辺境の森は、魔物の発生が少ない。
だからこそ村が成り立っている。
その“前提”が、崩れている。
カーシュは立ち上がり、周囲を見渡した。
視線が鋭くなる。
「……帰るぞ」
「え?」
「今日は狩りはやめだ」
迷いのない判断だった。
レオンは一瞬戸惑ったが、すぐに頷く。
「……わかった」
二人は来た道を引き返す。
その間も、レオンは何度も振り返った。
何かに見られている気がする。
だが、そこには何もない。
ただの森だ。
ただ——
(……いる)
確信に近い感覚があった。
視界の外。
木々の奥。
見えない場所に、“何か”が潜んでいる。




