剣士合同訓練 影と帰路
森の奥。
日が傾き、木々の影が長く伸びる頃。
そこに、一人の男が立っていた。
セイル。
戦闘の場からは離れた位置。だが、視線は確かに“あの戦い”を捉えていた。
「……やはり、面白い」
誰に聞かせるでもなく、静かに呟く。
その手には、小さな魔導具が握られていた。
淡く光るそれに、指を滑らせる。
――起動。
空間が、わずかに歪む。
「こちらセイル」
声は穏やか。
だがそこに温度はない。
応答は、ない。
それでも構わないというように、続ける。
「当初の目的は達成した」
間。
風が葉を揺らす。
「サンプルの確保は順調だ」
言葉の選び方が、どこかおかしい。
人ではなく、“物”を扱うような響き。
「――だが」
わずかに、口元が歪む。
「もう一つ、興味深い個体を見つけた」
視線が、森の奥――
レオンたちがいた方向へ向く。
「あれは中々珍しい」
小さく、笑う。
「魔法とも違う。だが、明らかに“利用価値がある”」
沈黙。
やがて、ゆっくりと息を吐く。
「……判断は任せる」
それだけ言って、魔導具の光を消す。
空間の歪みが、静かに消えた。
セイルは空を見上げる。
沈みゆく夕日。
「商品として見るなら――」
ぽつりと呟く。
「少し、危険すぎるかもしれないな」
だがその表情に、迷いはなかった。
むしろ――
楽しんでいるようにすら見えた。
日が暮れる頃。
レオンたちは朝の集合地点へ戻っていた。
各班も順に戻り始めている。
ざわめき。
疲労と安堵が入り混じる空気。
「じゃあな」
シンが軽く手を振る。
「また組む機会あったらよろしく」
「……ああ」
短く返すレオン。
アッシュはちらりとだけ視線を向ける。
「次は足引っ張んなよ」
ぶっきらぼうな言い方。
だが――最初とは違う。
「……そっちこそ」
レオンも短く返す。
一瞬の間。
アッシュが鼻で笑う。
「言うじゃねぇか」
それだけ言って、背を向けた。
レイは軽く一礼する。
「有意義な訓練でした。また機会があれば」
そのまま去っていく。
残されたのは、ユージンとレオン。
「……帰るか」
「ああ」
二人は並んで歩き出した。
空はすでに茜色から群青へと変わりつつあった。
風が少し冷たい。
「……どうだった?」
ユージンがふと聞く。
「何が」
「今日の班だ」
レオンは少しだけ考える。
「……悪くなかった」
「それだけか?」
「うるさい奴が多い」
「否定はしないな」
ユージンが小さく笑う。
「だが、嫌いではないだろう」
沈黙。
少しだけ歩いてから、レオンは言う。
「……ああ」
短いが、はっきりとした答えだった。
「そうか」
それ以上は追及しない。
しばらく無言で歩く。
足音だけが続く。
その途中で――
ユージンが立ち止まった。
「レオン」
「……なんだ」
振り返る。
ユージンの表情は、いつもと少し違っていた。
静かで、真剣な目。
「一つ、話しておきたいことがある」
「……?」
「私の家系の話だ」
少し間を置く。
「回復職の家系だ」
レオンは黙って聞く。
「戦場ではね」
ユージンはゆっくりと言葉を選ぶ。
「全員を救うことはできない」
風が吹く。
木々が揺れる。
「だから“優先順位”がある」
その言葉は、静かだったが重かった。
「基本は魔導士だ」
レオンの目が、わずかに細くなる。
「魔導士が倒れれば、戦線は崩壊する。広範囲への影響が大きい」
淡々とした説明。
だがそこに感情がないわけではない。
「だから場合によっては――」
一瞬、言葉が止まる。
「剣士の回復を後回しにする」
静寂。
「結果として、前衛は死にやすい」
現実。
ただの事実。
レオンは何も言わない。
「今日の戦いでもそうだ」
ユージンは続ける。
「もし同時に複数が負傷した場合、私は迷わず“後衛”を優先する」
「……そうか」
「それが役割だからな」
小さく息を吐く。
「そして本来なら」
ユージンは、まっすぐレオンを見る。
「君も“守られる側”だ」
はっきりとした言葉。
「魔法適性を持つ者は、戦場では資源だ。消耗させるべきではない」
「……俺は違う」
「分かっている」
すぐに返す。
「だが、それでもだ」
一歩、近づく。
「君は前に出るべきではない人間だ」
静かに、しかし優しく。
「友人として言っている」
押し付けではない。
ただの忠告でもない。
“想っている”からこその言葉。
レオンは少しだけ目を逸らす。
「……向いてない」
「何が」
「後ろにいるの」
短く。
それだけ。
ユージンは一瞬だけ目を細める。
そして――
「だろうな」
苦笑した。
「知っている」
それ以上は言わない。
否定もしない。
「だからこそ言った」
静かに。
「無理はするな」
レオンは答えない。
だが――
その言葉は、確かに届いていた。
「……帰るか」
「ああ」
二人は再び歩き出す。
夜が近づく中。
その背中は、少しだけ――
昨日よりも“並んでいる”ように見えた。




