余熱
洞窟の奥。
静寂が落ちる。
さっきまでの激戦が、嘘のようだった。
誰も動かない。
動けない。
ただ——
そこに、“終わった”という事実だけが残っていた。
ライカンスロープの巨体が、横たわっている。
もう動かない。
あれだけ暴れていた存在が、今はただの“物”になっていた。
「……はぁ……っ」
ニクスが、その場に膝をつく。
「マジで……死ぬかと思った」
「そうね」
リシェルが短く返す。
呼吸は乱れていないが、その声はわずかに重い。
ユージンは壁に背を預ける。
「全員、生きてるね……」
確認するように、全員を見る。
ミレアはその場に座り込み、小さく息を吐いた。
「……怖かった」
ぽつりと漏れる本音。
創造魔法の使い手は、無言で手を下ろす。
もう、構築の気配はない。
レオンは立ったまま、弓を見ていた。
自分の手。
わずかに震えている。
(……終わった)
実感が、遅れてくる。
その時だった。
遠くから、足音が響く。
複数。
急いでいる。
「……来る」
リシェルが言う。
全員の視線が、通路の奥へ向く。
次の瞬間。
「こっちです!!」
声が響いた。
別班の生徒だった。
息を切らしながら、こちらへ駆けてくる。
「上級個体が出たって……!」
言いかけて、止まる。
視界に入る。
倒れたライカンスロープ。
「……え?」
状況が理解できない。
その顔だった。
その直後。
さらに足音。
重い。
統制された動き。
現れたのは——
「——下がれ」
ディルクだった。
その背後には、教官と兵士。
明らかに戦闘態勢。
先導してきた生徒が、息を整えながら言う。
「すみません……! 奥で異常個体を見て……!」
「報告は受けている」
ディルクが遮る。
視線が、奥へ向く。
そして——
止まる。
ライカンスロープの死体。
ほんの一瞬。
ディルクの表情が、わずかに変わった。
「……これは」
静かな声。
ゆっくりと近づく。
しゃがみ込み、傷を確認する。
額。
一点。
「……本来、この洞窟に存在する個体ではない」
はっきりと言い切る。
周囲の兵がざわめく。
「そんなはずは……」
「記録にもない……」
ディルクは立ち上がる。
全員を見る。
「状況を報告しろ」
短い指示。
先ほどの生徒が、慌てて説明する。
「はい……! 奥で異様な気配を感じて……ニクス達が危険だと思い急いで戻り報告を……」
ディルクは頷く。
「判断は正しい」
それだけで、その生徒は安堵したように息を吐く。
そして——
ディルクの視線が、レオンたちへ向く。
「お前たちが対処したのか」
一瞬の間。
「……結果的には」
ユージンが答える。
ディルクは数秒、黙る。
そして——
小さく頷いた。
「よくやった」
それは、はっきりとした評価だった。
だが同時に——
「だが、これは異常だ」
声が変わる。
「訓練範囲を逸脱している」
兵へ向き直る。
「洞窟の封鎖」
「周辺警戒の強化」
「本国への即時報告」
矢継ぎ早に指示が飛ぶ。
「生態分布の再調査を要請する」
静かに、だが確実に。
「原因があるはずだ」
その一言で、この件が“終わりではない”と分かる。
何かが——
動いている。
「全員、帰還する」
ディルクが言う。
「これ以上の深入りは許可しない」
反論は出ない。
誰もが理解している。
これは——
“運が良かっただけ”の戦いだった。
■
寮。
扉を開けると、静かな空気が流れていた。
洞窟の重圧とは違う。
ただの、日常。
「……はぁ」
レオンがベッドに倒れ込む。
天井を見上げる。
「生きて帰れたね」
ユージンが苦笑する。
「ギリギリだろ」
レオンが目を閉じたまま返す。
ノックの音。
——コンコン
「入るね」
リシェルだった。
変わらない無表情。
だが——
少しだけ空気が柔らかい。
「…体調は?」
「問題ない」
レオン。
「こっちも大丈夫」
ユージン。
リシェルは頷く。
短い沈黙。
だが、不思議と居心地は悪くない。
「……今回の連携」
リシェルが言う。
「よかったと思う」
簡潔な評価。
だが、それは明確な肯定。
「だね」
ユージンが笑う。
「特に最後」
レオンを見る。
「いい判断だった」
弓。
収束。
レオンは少しだけ視線を逸らす。
「……たまたまだ」
「違う」
リシェルが即座に否定する。
「貴方だから出来たことよ」
断言。
その言葉に、レオンは少しだけ黙る。
そして——
「……お前達とならまた組みたい」
短く言う。
「うん、それでいい」
ユージンが頷く。
自然な会話。
昨日まではなかった距離。
それが、確かに縮まっている。
戦ったから。
生き延びたから。
それだけで——
“仲間”になっていた。
レオンは天井を見る。
洞窟の光景が、まだ残っている。
あの異常な敵。
そして——
自分の力。
分からないことだらけだ。
だが。
ここでなら。
この二人となら。
もう少し先へ行ける。
そんな予感だけが、静かに残っていた。




