旅の仲間達⑤
昼食時の食事場は、笑い声と食器の触れ合う音で賑わっていた。
配られた味噌汁の香ばしい匂いが漂い、穏やかな空気が流れる中、ユージンはレオンから一枚の銀色のプレートを受け取る。
「じゃあ、試してみるよ」
そう言って魔導士ライセンスを両手で持ち、静かに魔力を流し込んだ。
すると銀色の表面いっぱいに、精巧で複雑な魔法陣がゆっくりと浮かび上がる。
「おぉ……」
思わずレオンが感嘆の声を漏らした。
ユージンは軽く頷き、ゆっくりと目を閉じる。
脳裏に思い描くのは、一人の女性。
燃えるような赤髪。
常に冷静沈着で、どんな状況でも剣を振るい続ける歴戦の魔導士。
――ヒルデ。
魔法陣の光が次第に強さを増していく。
青白かった輝きはゆっくりと赤みを帯び、やがて一点に収束した。
次の瞬間。
『――私だ』
落ち着いた女性の声がライセンスから直接響く。
その不思議な光景に、食堂にいた全員が思わず息を呑んだ。
『お前から連絡が来るとは思わなかったぞ、レオン』
「お久しぶりです」
ユージンが穏やかに返事をする。
「ヒルデさん。ユージンです」
『……ユージンだったか』
少し納得したような声が返ってきた。
「今、レオンのライセンスを借りて連絡しています」
『なるほど』
一拍置き、ヒルデが問い掛ける。
『それで、要件はなんだ?』
ユージンは現在の状況を簡潔に説明した。
アルケイアで判明した英雄の遺産。
その手掛かりが眠るかも知れないリヴァリア。
そして、自分たちが調査へ向かおうとしていることを。
ヒルデは途中で口を挟むことなく、最後まで静かに耳を傾けていた。
説明が終わると、今度はレオンが身を乗り出す。
「ヒルデ」
『なんだ?』
「できれば……あんたにも来てほしい」
レオンは少しだけ笑った。
「頼めるか?」
通信の向こうで沈黙が流れる。
数秒後、返ってきた声はどこか申し訳なさそうだった。
『……すまない』
『今は任務中でな。すぐには動けない』
「そっか……」
レオンは肩を落とす。
ユージンも苦笑しながら頭を下げた。
「お忙しいところ、すみません」
『いや』
ヒルデは静かに答える。
『こちらこそ協力できなくてすまんな』
そして最後に、
『またな』
その一言を残し、通信は途切れた。
赤く輝いていた魔法陣は静かに消え去り、食堂には再び昼の喧騒だけが戻ってくる。
「なんだよ」
最初に口を開いたのはアッシュだった。
「つれねぇな、レオン」
「ん?」
「そんな面白そうな話、俺たちにはしてくれねぇじゃねぇか」
ニヤリと笑うアッシュに、レオンは苦笑する。
「悪いな」
「今回は潜入に近い任務だからな。できるだけ少人数で動きたかったんだ」
少し申し訳なさそうに肩をすくめる。
「別に仲間外れにしたわけじゃねぇよ」
「分かってるさ」
アッシュも軽く肩をすくめ、おにぎりを一口かじった。
一方、ユージンは腕を組みながら考え込む。
「とは言え……」
問題は残っていた。
「ヒルデさんが来られないとなると、あと一人くらいは欲しいね」
「だな」
レオンも頷く。
「教官が紹介してくれる人もまだ分からねぇし」
「まぁ、俺は別にいいけどな」
アッシュが味噌汁をすすりながら言う。
「どうせ俺もレイも明日には任務でここを発つし」
その隣でレイも静かに頷いた。
「しばらく戻れないと思います」
その言葉に、場の空気が少しだけ静まる。
誰もが次の一手を考え込んでいた。
そんな時だった。
「……なぁ」
シンが遠慮がちに口を開く。
全員の視線が自然と彼へ集まった。
「レオン」
「ん?」
「リヴァリアに……俺も連れてってくれねぇか?」
一瞬。
食堂の空気が止まった。
「……はぁ!?」
レオンが目を丸くする。
「何言ってんだ、お前」
思わず立ち上がり、シンを見る。
「流石にその足じゃ――」
「分かってる!」
シンが声を張り上げた。
場が静まり返る。
拳を強く握り締め、真っ直ぐレオンを見据える。
「お前が言いてぇことくらい分かってる」
悔しさを押し殺すような声だった。
「でもよ……」
一度息を吸う。
「俺だって役に立ちてぇんだ」
その一言に、これまで胸へ溜め込んできた感情が滲んでいた。
戦えなくなった。
守られる側になってしまった。
仲間が命懸けで戦う中、自分だけ何もできない。
その無力感を、シンはずっと抱え続けていた。
それでも。
前へ進みたかった。
「足なら心配ねぇ」
シンは立ち上がる。
以前とは比べ物にならないほど自然な動きだった。
「もう十分動ける」
そして少しだけ笑う。
「それに、隠密は俺の得意分野だろ?」
確かに、その通りだった。
しかしユージンは静かに首を振る。
「気持ちは分かるよ」
優しい声音だった。
「でも危険なのは変わらない」
「その足じゃ、正直隠密行動にも向かないと思う」
その時だった。
ユージンの鞄が小さく揺れる。
中から聞こえてきたのは、周囲へ配慮した小さな声。
「ヘイルズの義肢は本当によく出来てるぞ」
ケンジャだった。
「私が歩いてる時、金属の擦れる音を聞いたことがあるか?」
「……確かに」
ユージンは言葉を失う。
一度も聞いた覚えがない。
だが、それでも首を横に振った。
「それでも危険だよ」
譲る気はない。
「病み上がりのシンを連れて行くのは――」
その時だった。
アズールが静かにメルを見る。
メルは何も言わない。
ただ優しく微笑み、小さく頷くだけだった。
それだけで十分だった。
アズールはゆっくりと立ち上がる。
「レオン」
「ん?」
「私も同行したい」
全員が振り返る。
アズールは迷いなく言葉を続けた。
「お前達やシンには世話になってばかりだ」
「今度は私が力になりたい」
そう言ってシンの肩へ手を置く。
「必ず私が守ってみせよう」
「アズール……」
シンが目を見開く。
再び静寂が流れる。
そしてシンはもう一度レオンを見た。
「頼む」
その瞳には覚悟が宿っていた。
冗談でも勢いでもない。
本気で共に戦う覚悟だった。
「ったく」
その様子を見ていたアッシュが苦笑する。
ポケットへ手を突っ込み、小さな金属板を取り出した。
「ほらよ」
放り投げられたそれを、シンが反射的に受け止める。
「これ……」
手の中にあったのは、リヴァリア入国許可証だった。
驚くシンに、アッシュは肩をすくめる。
「連れてってやれよ」
すると今度はレイも立ち上がる。
懐からもう一枚の許可証を取り出し、アズールへ差し出した。
「……これは」
「私は使う予定がありませんから」
レイは穏やかに微笑む。
「役立ててください」
アズールは深々と頭を下げた。
「かたじけない」
静まり返る食堂。
レオンは一人ひとりの顔を見渡した。
シン。
アズール。
ユージン。
リシェル。
そしてメル。
皆の想いを受け止めるように見つめると、やがて大きく笑った。
「仕方ねぇな!」
その一言でシンの表情がぱっと明るくなる。
アズールも微笑んだ。
「決まりだ!」
レオンは拳を高く突き上げる。
「行くぞ!」
そして仲間たちへ向かって力強く叫んだ。
「ユージン!」
「はいはい」
「シン!」
「おう!」
「アズール!」
「あぁ!」
仲間たちの声が重なる。
こうして、新たな仲間を加えた一行の旅路は、静かに、しかし確かな一歩を踏み出したのだった。




